「僕に似ているという知り合いは見付かったのか?」 昭子は後ろからかけられた声に思わずトリックスターを消した。恐らくスタンドは見えないだろうが、万が一ということもある。 日が傾き始め、少年の背に身を隠している。逆行になった顔はよく見えず、瞳だけが赤く光った気がした。 「さっきの……」 「ああ、失礼。ディオ・ブランドーだ。ジョースター郷にお世話になってる」 何か明確なものが、カチリと昭子の中で音を立てる。 「私は、空条昭子。ところでディオ君って吸血鬼だったりしない?」 「は?ヴァンパイア?」 「……いやいや、それくらい綺麗な顔してるなって」 耽美ともいえる美しい顔が呆けて間抜けになった。流石に直球すぎたか……と反省しながら、少女漫画のような台詞で適当に誤魔化す。ディオはあまり嬉しくなさそうにして、広場の木陰に座り込んだ昭子の隣へと腰を落とした。 「君は答えたくない質問には答えないタイプだろう?」 「じゃあディオは人を掌握したいタイプだね」 「ほら、答えない」 「ほら、揚げ足を取りたがる」 「「…………」」 あはははは……笑い合う声のなんと白々しいことか。お互いに胡散臭いと思う一方で、このやりとりを不快というより面白いと感じてしまうのが不思議だ。 しかしディオはあくまで優位を示したいのか、金色の瞳を強気に光らせて切り出す。 「で、その俺に似た男は?」 「別に探してたわけじゃないんだけど」 「どんな奴だ?年は?」 「……エジプトのお偉いさんで20代前半、ってとこかな」 するするとぼかして答える昭子だが、思ってもみない食いつきには若干の戸惑いを見せていた。 同じ姿のスタンドを持つ昭子には分からないかもしれないが、自分に似た者とはそんなに興味をそそられるのだろうか? 熱の入っていたディオはその微かな揺れに気付いてハッとする。 彼は少しだけ、無意識に期待していたのかもしれない。あの父親の血が自分に流れているというおぞましい事実とは違う、真実があるのではないかと。 「20代前半か……若いな」 馬鹿らしい。おぞましいのは自分だ……あろうことか、尊敬する母の不貞を疑ってしまうなんて。 「他にもっと自分に相応しい父がいるのだ」と考えるのに、妄想にしたってその男は若すぎる。 「ディオ?」 「いや……何でもない。その男は君の友人なのか?」 「ん〜……き、……気になる人かな、うん」 一瞬「(元)仇敵」と言いそうになった昭子は再びソフトレンズ越しの返事をした。いくら過去形とはいえ、母親を命のさらした悪党と似ていると言われて誰が喜ぶのか。 会話が途切れ、数秒の沈黙が降りた。 ひゅう、冷たい風が抜ける。 揺れる黒髪のなめらかさや、エメラルドの輝きと西日のコントラストは、今の時刻が「悪魔に出会う時」と呼ばれる理由をまさに物語っているなとディオは思う。彼女は自分の美しさをヴァンパイアと例えたが、それはむしろ……。 「くしゅッ」 「…………ぷっ」 「あっ、笑ったな。仕方ないでしょ、結構寒いんだから」 幽玄な雰囲気が拡散してしまった。 睨むように上目で見上げる昭子は、先ほどと違いやけに幼く見える。笑いが治まらないまま、ディオはその薄手の水平服に自分のジャケットをかけてやった。 「え」 「……何だよ、その顔は。レディが寒いというなら上着をかけるのが当然だ」 「……ありがと」 こういうの初めて、と。 少しだけはにかんだような微笑みが浮かぶ。最初に見た愛想笑いには無かった愛らしさに顔に熱が集まるのが分かったディオは、それが現れる前にぱっと顔を逸らした。 代わりに憎まれ口が我先にと飛び出ていく。 「そろそろ帰らなくていいのか?もしかして時計を持っていない?夜遅くまで出歩くとはしたないとパパに怒られるんじゃあないかい」 「……そうだね、帰らなきゃなあ」 拍子抜けするほど穏やかな声に、天の邪鬼が萎えてしまった。どうもこの少女と話していると調子が狂う。 あんなに賑やかだった子供達は帰路に着いたのか、広場は静寂に包まれている。 「家は近いのか?」 「遠いよ、ずーっと向こう」 「なら、これで……サヨナラだな」 「また会おう」と言う気にはなれなかった。話をしている限り、彼女はここに越してきたわけでは無いらしい。この奇妙な邂逅が一度きりであるという予感をひしひしと感じたから、ディオはわざわざ別れの言葉を紡いだのだ。 だがそんな予感は、昭子の中に存在しない。 「また会うよ、多分……絶対に」 「『多分』と『絶対』は一緒に使うもんじゃない」 「細かいなディオは……じゃ、言い直そう。絶対また会える。なぜなら―――」 その時、突風にざあっと木々が軋む。 自信満々の答えを待っているのに声が続いてこない。 長い黒髪が舞い上がり、ディオの視界をすり抜けて、やがて見えなくなった。 「なぜなら何だ、続きくらい言って……昭子?」 風が去る。 広場には、忘れられたボールがぽつんと寂しそうに転がっていた。 まるで全てが白昼夢であったのだとでもいいたげに、隣には何も残っていない。 「消えた……?」 いや、しかし今だけは、彼女の姿も肌寒さをしのぐものも何もないということが全ての証明であった。 「……その上着は気に入ってるんだ。いつか返してもらうぞ」 悔しそうに、切なそうに。 時効なんて認めない、とディオは既にここにはいない少女へ、努めていつものように言葉を呟いた。 運命を信じますか? 「……結局、なんだったんだろ」 あれだけ手がかりを探して歩き回って、何の前触れもなくあっさり戻るなんて……悪意のあるタイミングだとしか思えない。 とりあえず、肩にかかる仕立てのいいジャケットを持ち主に返してこよう。何も覚えていないかもしれないけど……。 あの間抜け顔を思い出してしまって、昭子は少し笑った。 ―――かくして、奇妙な邂逅は果たされた。 10000hitお礼企画その2 Back |