のどかな街並みに西洋風の建物。遠くから聞こえる機関車の音が聞こえてきて、何とも異国情緒漂う素敵な国だ。
湖のそばで黄昏る昭子は、そんな第一印象を抱いた。

少なくとも日本では決してなく、そして恐らく現代でも無い。


「『気がついたら知らない場所でした』なんてメルヘンな展開は嫌いじゃないけどね」


一般に超常現象と呼ばれるものは、大体がスタンドによるものだ。意識的かどうかは関係なく、恐らくトリックスターか……また別のスタンドによる移動か。周りに人がいないことを確認してからそっと自らに声をかける。


「何か知らない?」
「さぁ……私の暴走だったらごめんねってだけ言っとこうかな」
「……あぁ、やだやだ」
「ま、歩こうよ」


肌をくすぐる芝生をぐっと踏みしめて自分の中に芯をつくる。帰れないという展開は避けなければならない。そう、それが最悪、だ。

悠然と進んでくる明らかに時代錯誤な馬車とすれ違い、もうため息もでない。スニーカーを履いていればよかったと心の隅でぼんやりと考えた。









「おいディオ、見ろよ」
「何だ?」
「ほら、あの女の子!」


友人がやや興奮したように前方を指差す。その不躾さを苛立たしく思いながら、ディオは馬車の方を見た。
ネイビーの大きな襟と短めのスカート。まるで海軍の一等兵のような格好をした美しい少女。

辺りを物珍しそうに見渡している、顔立ちはアイルランドやスコットランド寄りだが、夜を閉じこめたような黒髪はエキゾチックな雰囲気を持っていた。


ぱちり、ディオと少女の視線がかち合う。義兄弟に似たグリーンの瞳に一気に気分が下降した。
しかし目を見開いたのは何故か少女だ。


「……ディ、……」
「?」
「……や、知り合いに似てたから驚いただけ。ごめんね」


その端整な顔は冷たさを感じさせるほどだが、柔らかな笑みはまるで春の日差しのようだ。
少女は微笑みながらひらひらと手を振って颯爽と去っていく。

しずしずとした淑女とはまた違うボーイッシュな魅力に、少年たちは釘付けになる。ただ1人を除いて。

小さくなっていく背中に、誰かがぽつりと呟やいた。


「……綺麗な子だなぁ〜、きっと親父が軍人なんだぜ」
「家はこの辺なのか?」
「知らねえよ……ちぇっ名前くらい聞いとくんだった!」
「……はは、仕方ないさ。また会った時に聞こうじゃないか」


頭の悪い子供と話すのはいつまで経っても疲れる。
「僕は君達の仲間だが、同時に別の世界の人間なんだ」と無意識に感じさせる為に、ディオは砕けていても品位を失わないような口調も心掛けている。

そんな彼だからこそ分かる。あの微笑みは偽りの、相手を油断させる為だけのものだ。


あの聡明そうな瞳は、ジョナサンのそれよりも幾分明るかった。


「……あ、そういえば今日は午後から用事があるんだ。先に帰るよ」
「そうなのか?」
「じゃーなー、ディオー!」
「じゃあ」


好奇心に震えた瞳を隠すようににっこりと快活な笑みをかたどって、金色の少年は踵を返した。

向かうは、あの少女の所だ。




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