ホーフブルグ王宮を雛型にしていることはすぐわかった。会場入り口付近の赤と白のカーネーションは、オーストリア国旗の象徴だ。

確かにドレスダウンに相応しく皆好き勝手な衣装。真面目にタキシードやテールコートを着る者は数人で、本来午前中に限られるフロックコートも目立たないものだった。


無論、総合して昭が目立たないというわけではない。


シルクによる上品な光沢感と珍しいデザインのスタンドカラー。体のラインがあまりわからないコートの上からすら、引き締まった体躯が想像できる。
昭は周りよりも明らかに若いが、後ろに流した黒髪が一房端正な顔にかかり、気だるげな色気があった。


こんな二枚目を待ちぼうけにするなんて、どんな絶世の美女かしら。
給仕の女は自慢の脚を強調してちらりと男に目配せをしたが、持っていたスパークリングワインを手に「Grazie」と言われてしまえば彼女の仕事は終了してしまう。
あしらい方の上手いこと、と残念そうに肩をすくめて給仕は去っていった。



さて、そろそろダンスが始まるというのに待ち人は未だ現れない。
帰ってしまおうかという考えが昭の頭によぎるタイミングを図ったように、重い扉が開いた。
やっとお出ましだ。

まるでこの薄暗いライトアップは、闇の中でこそ映える者を迎えるためにあつらえたと言わんばかりに。
それほど彼女はあやしく豊麗で、その場にいる烏合の人だかりとは一線を画する「美」を持っている。スタンド能力を使うまでもなく、確かに会場の時間は止まっていた。


もう一つ靴音が響いて、招待客は扉から男へ視線を移す。

痺れそうな声が響いた。


「ゼクトとは随分気取ったものを飲んでいるな」
「……貰い物」
「フン、まぁ……黙っていれば貴族に見えないこともないぞ」
「ありがと」


手袋は性に合わないと、差し出された手に重ねられた手。

「この瞬間を見るために神は二人を創ったのだ」と言われても納得してしまいそうなほど、その光景は絵画のように美しかった。


『Alles tanze!!』


会場の異様な空気などつゆ知らず、スピーカーから会場中へ「ダンスを踊れ」とのお達しが届いた。
流れ始めたスローワルツの音楽に停止した時間が溶けていく。さあ、舞踏会のメインイベントだ。


ナチュラルターンの度に、裾の広がりすぎないマーメイドドレスが揺れる。肢体にぴたりとフィットする極上のシルエットは、露出が少ない分かえってコケティッシュだ。
白い首を覆うエレガントローズのレースは黒。なぜこの色は、こうも彼女を美しくするのだろうか。


昭はこのドレスを手にとった時、これだと確信したのだ。そして予想通りに……いや、予想以上に。
だが、美しいと。その一言で終われる自信が無いから、喉で声が絡まった。


似合うとも似合わないとも言わない昭にDIOが眉を寄せるのを見て、やっとだ。


「……前は嫉妬とは無縁だった」
「何?」
「独占欲っていうのは、あまり良いことじゃない。俺の悪い癖は、悪戯くらいだったはずなんだけど、今じゃ……」


腰をホールドして、曲が最高の盛り上がりを見せる。カール・ミヒャエル・ツィーラー「ビロードとシルク」のように滑らかに言葉は出ない。

こんな真剣な声はいつぶりに聞いただろうか。DIOは一言も聞き逃すまいと耳をすまし、昭は自分の贈った衣装を纏う人を持ち上げて言った。


「目に入る男みんな敵に見えるんだ」
「昭……?」
「その髪も瞳も肌も、触れるのは自分だけで良い。無駄遣いしないで、俺だけ見ろなんて言いたくなるくらい」


綺麗だ。

目を見開いたDIOの姿がふっと闇に沈む。
何も意識を失ったわけじゃあない。ブレーカーが落ちたのだ。

ざわめく会場内で、昭だけがほっとしたように胸をなで下ろす。ガラじゃないことを言った所為で心臓が落ち着かなかった。


「思ったより早かったな」
「……昭、知っていたのか?これが……私の仕事だと」
「そりゃあもちろん。DIOにとっての邪魔者が一堂に会すってチャンスを逃すわけ無いしね。それがたとえ―――罠だったとしても!」


―――チュインッ


物騒な火花が散る。
血よりも赤い瞳が、さっと横抱きにされて丸くなる。ダンスホールの中央からステージ、机上へと目まぐるしく場面が変わっていく!
人間と違い暗闇でもよく見えるDIOは、めちゃくちゃな動きに思わず声をあげた。


「待て、昭!仕事だと言っただろう、トリックスターで逃げ回ってどうする!」
「あ、大丈夫。さっきヴァニラとテレンスが来てたし」
「しかしわざわざダンスまで仕込んで………!」
「戦ったらドレスが汚れるだろ」


間近で見たら惜しくなった。

そう言って笑う昭をパッと見上げる。淑女の格好をして心まで毒されたのだろうか、それとも先ほどの言葉に浮かされているのだろうか。可憐なヒロインのように守られるのが嬉しいと感じてしまうなんて。


月明かりが唯一漏れるコテージへ走り抜ける。呆れるほど罠らしい罠の中へ、昭は迷いなく飛びこんだ。DIOはもう何も言わなかった。

もちろんのこと、囲まれている。


「Va cagare!さっさとそのご婦人をこっちに寄越しな」


粗野で下品な言葉が聞き苦しいと、渦中の彼女は眉を寄せた。闇の中で光る無数の銃器の口が自分達に向いているというのに、その表情は平然としすぎていて、短気そうな男は額に青筋を浮かべる。


「そのすかした面、気に入らねえな。“カードの手が悪くても顔に出すな”つっても、限度があるだろ?」
「カードが悪い?誰がそんなこと言った」
「強がんじゃねえロメオよォ。八方塞がりだろうが!」


反論するようにDIOを抱えたままコテージの塀へ飛び乗った昭を男は鼻で笑った。この会場は8階、空でも飛べない限り死ぬ高さだ。

しかし穏やかに見えて大胆不敵なエメラルドは、そのたった一つの逃走経路を躊躇わず選ぶと、彼女は知っている。
吸血鬼の耳が、カウントダウンを拾った。


3、2、1


「0」




Lay all your love on me



「Arrivederci!!」


悲鳴、銃声、浮遊感。
ああ、ヴェネツィアの夜景の中でも彼女がとびきり美しい。







1000hitお礼小説

タイトルの「Lay all your love on me」はABBAの楽曲名で、「あなたの胸いっぱいの愛、全部私にちょうだい!」って感じです。







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