「神経質」と「大雑把」ではどちらがいいのだろうか。 よく言うのは、仕事をするには神経質な男がいいが、結婚するのなら大雑把な男がいいというものだが……どちらにしても一長一短だ。もしくは相性だろうか。 虹村形兆は完璧に「神経質」側の人間だ。整然と並んだものこそが美しいという几帳面さを自称するくらいである。 今日も恐ろしく整頓されている医療品が私を出迎える。大雑把な側の人間としては感心を通り越して病気としか思えない。 授業中なのに、なんていうのは今更だろう。成績が良いから多少大目に見られているところなんか、学生時代の兄に少し似ている。 「……社長出勤だな」 「あら、お早いこと。朝って苦手なんだよね……ここで寝泊まりしようかな」 「無精な女は貰い手がねえぞ」 「そりゃどうも」 貰い手がついたことを主張する輝きは、チェーンに繋いで服の下だ。それを知らない形兆は傾いたピンセットを繊細な動きでつい、と直した。保健室の管理は私より彼の方が熟知している気がする。 椅子に腰掛けると、私にとっては懐かしいチャイムが響いた。懐古趣味は無いが、この音色を聞くと結局卒業できなかった高校と友人をどうしても連想してしまう。 「お昼ご飯は?」 「適当に買って食べる」 「……予想通りすぎて泣けちゃうよ」 「うるせえな……」 「先生が優秀な保険委員くんにご馳走振る舞ってあげようか」 「なにッ」 形兆は食い付いた。 決して懐に余裕があるとはいえない虹村家にとって、一食代が浮くのは実に魅力的な提案なのだろう。 しかし不良と呼ばれているわりに折り目正しく着用された制服が、形兆の強烈な自立心を反映しているようだった。 「……そんな施しを受ける、義理は……」 大人に甘えるという行為から久しく遠ざかっていることが伺える、戸惑った視線。少し男の意地というものもあるのだろう。 これはまた説得に骨が折れるかもしれないと思った時、保健室の白い扉が元気良く開いた。 この場合形兆のバット・カンパニーというよりは、私の援軍である。 「よぉ〜センセ〜!今日も出前なんだろォ?」 「俺達もご一緒したいなぁ、なんて思うんスけどォ〜」 「たかりに来たな……お好きにどーぞ」 教員用に用意されたパンフレットを3人に投げつける。思わずといった様子で受け取ってしまった形兆も一緒に食べることに、上機嫌な2人は何の違和感も感じていない。 兄貴は何にすんだ?と億泰が尋ね、仗助と私も彼を見た。包囲網の完成である。 形兆は何かいいたげに口を開け、そのまま溜め息をつく。仕方ないと呆れて観念するその表情はひどく見覚えがあった。 しかし次の瞬間、その精悍な顔に悪い笑みが浮かぶ。嫌な予感。 「鰻重だ」 「げ」 「じゃあ俺もそれにするぜ〜」 「鰻か、美味そうだなァ……俺もいいっスか?」 「あ〜……やってくれたね、虹村形兆……。もォ、自分で電話しなよ」 「やりィッ!」 形兆が決定したらそれに続いて億泰が決め、気分が合えば仗助もそれに乗る。この光景もそう珍しくは無くなりつつある。 この可愛らしい反応のためなら鰻重四人前くらい安いものだ。 それにしても人を頼ろうとしない少年の心を溶かす……なんていうストーリーって、手料理を作るとかがセオリーだと思うんだけど。 「……得意料理がプリンって、やっぱりダメだと思う?」 「はァ?いいんじゃねえか、別にそれぞれ……まさかそれしか作れねえのか」 「や、……あはは」 「オイオイ、億泰だってカレーは作れるぞ」 確かに、長年自炊していた彼らより自分が上等なものを作れるとは思えない。プリンが料理に含まれるかも微妙な線だ。 女としてどうなのかという視線を浴びせられては苦笑いも出ない。 「本当に貰い手が無いぞ……待て、そもそもあんたいくつだ?」 「47」 「よッ……嘘ならもっとマシな嘘にしろ」 「じゃあ32……いや29?どれだと思う?」 「30は無いな」 「先生は24だろ?」 「えっ、俺21だって聞いたぜ〜?」 「これで50いってたりしてな……結局何歳なんだ?」 「ん〜……あ、出前来たね。じゃあこの話また今度」 「ヒデェ〜ッ!!教えてくれよォ!!」 ぎゃいぎゃいと話題を引っ張るうるさい男子諸君をかわし、さっさとお高い鰻を頬張らせて静かにさせる。上がる歓声。美味い、の低い声に思わず頬がゆるんだ。 形兆は兄に少し似ていて、強い。気高い故に脆い芯は、本来の生真面目さからくるものなのだろう。 ただ、まだ子供だ。 たとえ罪滅ぼしにすぎなくとも、いくら罪を犯したとしても、子供には馬鹿みたいに笑っていてほしいと思うのは本心である。 (……綺麗事だって、笑われるだろうか) でも、綺麗事が一番いいじゃないか、だからみんな現実にしたいと夢想する。こんな風に一人くらい彼を子供あつかいする者がいたっていいだろう。 形兆が怒って声を荒げるのを期待して、気合いを入れてセットされた髪の毛をぐちゃぐちゃにしてやった。 大人の方程式 さてテレンスに教わるのも癪だし、この際形兆に料理を習おうかな。人の世話を焼くのが案外好きな彼のこと、何だかんだ文句をいいつつ付き合ってくれそうだ。 几帳面で厳しい先生と大雑把で緩い生徒。相性は悪くないと思うんだけどなぁ。 さよならヒロインのチャプシさんへ、相互お礼の形兆さんでした。 Back |