――ピピッ

運命のベルにしては無機質な音がやけに響く。小さな液晶には思ったより低い数値が表示されていて、昭子は人知れず頷いた。
耳聡い吸血鬼がうっすらとまぶたを持ち上げる前に、体温計は影も形もなくなる。証拠など残るはずもない。


「なんだ、まだ6時じゃあないか……珍しいな」
「今日は早いんだよ、目覚ましうるさかった?」
「いや」


感じる朝の気配に気だるそうな顔に疑念の色は無く、大きな手が頬を撫でた。いつもより冷たく感じるそれに、昭子は心地よさに身をゆだねて今日は休んでしまいたいという方に気持ちが傾く。
ああ、でもダメだ。


「何時からだ?」
「ん、と……7時かな。怠いなら寝てて良いよ」
「そうか、おはよう」
「おはよ……、ぅんッ?」


ちゅっと小鳥のような可愛らしい音を立てて離れるはずだった温度の低い唇が、ややあっていきなりもう一度近付いて噛みついた。
驚いて頭を上げようとするが、髪に絡んで押さえつける手がそれを許さない。


「……ふ、……ぅう……な、ん〜ッ」


油断した隙に入り込むのはお手の物、とでもいいたげに長い舌が侵入してくる。ただでさえ熱に冒されている昭子の思考は浮かされてうまく働かなくなってしまった。
歯列をなぞる舌の動きは蠢く蛇のようで、とてもじゃないが逃げられない。

息苦しさを訴えることもできず、朝っぱらから熱いキスが終わったころには昭子はくたりとDIOに寄りかかっていた。


「はぁ、はっ……何よ、もォ」
「フン!そんな拙い演技でこのDIOを騙せるとでも思ったか?お前らしくもない」
「あ〜……バレた?」
「37.7℃というところか……医者の不摂生とはこのことだな。触れれば体温の察知など容易いものよ」


ならキスする必要は無かったんじゃあないのか、という言葉は飲み込んで、観念するように目を閉じたらもう一度唇を奪われる。何だか気が抜けると、どっと体調が悪くなったような気がする。
冷たくて気持ちがいいと今度は素直に言ったら、DIOの動きが不自然に固まった。


「?」
「……風邪が治るまで外には出さんぞ。分かったら大人しく寝ていろ」
「はァい……」


堪えるようにぐっと腹に力を入れる。
普段では考えられないほど従順な声に朱の走る肌。ああも気の抜けた顔をする時の昭子の色香と来たら、体調が悪いことなどお構いなしに手を出してしまいたくなるほどだ。
そんな頭の悪い家畜のような真似はしないが、しかしどうにも目に毒だとDIOは視線を外した。

内線のNO.3を押す。2コール目を聞かせない内に相変わらず落ち着きはらった声と繋がった。


「昭子が風邪を引いた。そう高くないが熱もある」
『おや……畏まりました。早急に医師と看病の用意をいたしますので、10分ほどお待ちいただけますか?』
「問題ない」
『恐れ入ります。では、失礼します』


基本的には必要ないが、万が一のことも考えてホーム・ドクターは雇っている。すぐに到着するだろう……そこまで考えてDIOは、はたと気がついた。

振り返れば、少し息苦しそうに柳眉を寄せる昭子がこちらを見る。水底に沈んだ宝石のように光を孕む瞳を、閉じこめてしまいたい衝動に駆られた。
思わず、口をついて出てしまう。


「……あまり見せるわけにはいかないな」
「え?」
「いいや、もうすぐペスカの奴が来る。楽にしていろ」
「ん、ありがと……」


昭子のシャツのボタンをもう一つだけ外してやると、大分呼吸が楽になったようだ。

DIOは赤みの強い首筋に指を添えてくすぐった。身を捩って嫌そうな様子を見せるどころか自らすり寄るような仕草を見せるものだから、さっき誓いを立てた理性的な自分がもう負けてしまいそうだ。


「……喜べ昭子。今日は私が看病してやろう」
「え、なんで?」
「病人は余計なことを考えずに寝ていればいい。違うか?」
「……うん」


指に口付ける熱い感触は、まるで甘えたの子供のようでDIOは笑ってしまった。

聞き覚えのあるエンジン音が屋敷に響く。
ほら、医者がこの部屋まで来るまであと2分。それまで戯れを続けようか。



献身とは名ばかり


思ったよりも回復が早かった昭子に複雑な顔をする父を息子が不思議そうに見るのは、明後日の話。




起きてから何回キスしてんだこのバカップル!
夜兎さんに相互お祝いに献上した「風邪っぴき昭子」でした。夜兎さんテイクアウトお願いします!
ちなみにペスカとはお医者さんの名前です。



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