ところ変わって街中。
 寺からさっさと追い出された俺達は、弘明から得たわずかなヒントに首を捻って悩ませていた。隣を歩く蛍はもうちんぷんかんぷんといった様子で、溜息をついてとぼとぼと歩いている。
 口寄せに必要な供物は恐らく五つ。土、火、水、風、空を司る何かで、異次元の魔物をも呼び出せる強力なもの、さらには300年という意味深な数字も条件に加わっている。もっとオマケに言うなら、今俺は無一文だ。

「は〜あ……」
「供物かあ〜。なんていうかそういうのって生贄!みたいなのしか思いつかないけど、この大きさじゃ生き物とかじゃなさそうだね」
「そうだなあ」

 少女の手には、木を細かく複雑に組み合わさった木箱が鎮座していた。自然な色合いを活かした絵画のような美しい模様が隙間なく入っており、大きさは一升よりも一回り小さく、手のひらに乗ってしまうほどだ。
 これは弘明が二人に渡した最後のヒントだった。中に手がかりが入っているのかとどうにかしてこじあけようとしたが、この細工が非常に精巧で、決まった順序で何度か操作しないと開くことはできなさそうだった。蛍が今も操作を試みているが、進展はなさそうだ。

「う〜〜ん、ダメ。ぜんっぜん分かんない!パズル好きなんだけどなあ」
「……そういえば蛍くん、記憶がなくても料理ができたり、好きなものは分かったりするんだな」
「そーいえばそうだね」
「ふむ。何かに触れれば、その刺激で記憶が蘇るのかもしれないな。名前も呼ばれれば思い出したわけだし」
「じゃ、教科書見れば自分が何年生だったか思い出せるかも!?」

 蛍が名案とばかりに顔を明るくして手を打った。確かに彼女はどこかのセーラー服を纏っているし、中学生ではなさそうだからたぶん高校生だろう。何年生かまで分かれば身元を探る手がかりになる。
 今度見せてね、と機嫌よく笑った少女の足がパシャンと水たまりを踏んだ。まだ梅雨の色が濃い初夏、日差しは強いが天気も崩れやすい。水面が揺らいだ瞬間、足元をさらうようなつむじ風が巻き起こった。

「うわっ!?」
「危ないっ!!」

 鋭い風が華奢な体を煽ったとき、感じた妖気にさっと少女の手を引く。辛うじて転ばずにすんだ蛍の足元から、膝丈ほどの小さな影が横切った。影は三つ。よく見ると地面には鋭い刃物で切り付けたかのような裂け目が走っていた。
 すかさず鞄から霊水晶を取り出し、白衣観音経を唱えながら目をこらす。水晶に反射した霊光が道を照らすと、そこには三匹のイタチのような生き物が唸りを上げている。警戒はしているが、強い敵意は感じられなかった。

「鎌鼬(かまいたち)!そうか、かまいたちは雨上がりの水たまりに住むというが、さっきのがお前たちの住処だったのか」
「え!じゃあ私さっき家踏んじゃったの?ご、ごめんネ……」

 眉を下げて申し訳なさそうに謝る蛍に、三匹は拗ねたようにぷいっとまたどこかへ去ろうとしていく。嫌われちゃった、と苦笑いする少女の脇をかまいたちが起こす風が通り抜けようとしたその時、突然木箱がカタカタ!と音を立てた。
 蛍が驚いて木箱を取り落とすが、木箱は一人でに浮遊してカタン、と細工の模様がひとつずれる。すると上の面が四方にずれ、次々と鮮やかに箱がほどけていった。

「ひえええ!もう最近ひとりでに動くもん見すぎて私の常識が崩れる!」
「その状態で長時間動きまわってる君も十分非常識なんだけどな……ん?」

 ひゅん、とつむじ風が抜ける。
 開いた箱になかに、風が渦巻いてハリネズミの毛ようなものが吸い込まれていった。去っていったかまいたちの毛だろう。木箱は再び箱状に戻り、ぽとりと少女の手のひらに落ちる。
 五大要素、三百年、強力な供物、そして木箱の封印具。それをじっと眺め、頭の中でバラバラだった何かが一つに繋がる気がした。

「―――そうか!供物は経年を重ねて力を蓄えた妖怪の『力の欠片』か!」
「じゃあさっきのが?」
「ああ、かまいたちはつむじ風の妖怪、つまり『風(ふう)』の要素になる。鎌鼬伝説は三百年以上前からある古いものだ」
「ってことは……そういう妖怪を当たっていけばいいってこと!?わーい!先生すごいすごい!!」
「ふふん、それほどでも……どわあ!?」

 蛍の顔がぱあっと明るくなり、感極まったように勢いよく飛びついてきた。先ほど腕を引いたときに縮まった距離がゼロになり、思わず赤くなって硬直する。俺の顔を見て蛍も笑顔が不自然なものになり、白い頬が徐々に桃色に染まっていった。
 数秒、走る沈黙。
 少女の両腕がぱっと下ろされ、半歩だけ距離をあけられる。助けたり抱きとめたりを何度かしているが、この柔らかく頼りない感触には全く慣れない。ばくばくと鳴る心臓を誤魔化すため、腰に手を当ててお説教をするようにわざと眉を吊り上げる。

「き、君はもーちょっと警戒心ってもんを持ったほうがいい。俺だって一応独身の男なわけだからだな……」
「あーははは!やだあ先生真っ赤になっちゃってカワイ〜〜!」
「大人をからかうんじゃない!」

 蛍は思わず怒鳴りつけても雲をつかむように飄々と歯を見せて笑った。少し口は減らないが、笑った顔に愛嬌があって憎めないところが彼女にはある。溜息をついて笑ってみせたあと、足並みを揃えて再び歩き出す。
 次はどれを探しにいくべきかと考えていると、隣から視線を感じた。蛍がじっと黒い瞳でこちらを見ている。

「なんていうか、いっぱい助けてもらってるからかもだけど……」
「ん?」
「先生の近くって安心するねー」

 俺のシャツの裾を少し引いたあと、蛍はまた悪戯っぽく笑って木箱で手遊びしながら先を行く。思わず止まった足を動かすのに精一杯で、熱を持つ顔を隠せもしなかった。一体どこまで本気なのか、からかわれてるのか……いかん、蛍が来てから振り回されっぱなしのような気がする。
 兎にも角にも、第一の要素「風(ふう)」を手に入れることに成功した俺達は、今度は童守港へと足を進めるのだった。

 




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