座ってて、ホスト役は私に任せておいてとナナシが言えば、ギアッチョは「プライドが高い女はゴメンだぜ! 女のプライドが高くってなんの得になるっつーんだ?」とがなりながらもテーブルのグラスにワインをそそぐ。 かと思えば、良い肉を買ってきたんだとフライパンを温めるギアッチョに、ナナシは「料理上手な男なんて! ああ、ギアッチョ。やめてちょうだい。あなたの手料理なんて、食べたくない」とガスパッチョを煮詰める。 わかりにくいが、二人はそんな関係だった。
ナナシのアパートの扉の前で、ギアッチョは深く息を吸う。 なにせ踏み入れてしまえばそこは戦場だ。
「よォ、オレのたまねぎちゃん」
意を決して、ギアッチョは扉を開けた。 本日の彼の武器は真っ赤な薔薇の花束だ。両手で抱えるのがギリギリのそれを、ノックもベルもなしで乗り込んでもなぜか玄関で迎えてくれる恋人に押し付ける。
「あは、元気そうね。愛しい私の小さい子」
ナナシは満面の笑みでそれを受け取ると、形良い鼻先の埋める。それから「いい香り」と恋人に微笑みかけて、空になった腕にしなだれかかった。ギアッチョは「女王陛下のお気に召したようでなによりだぜ」とほつれ一つなく結われた金髪を撫でる。 まるで映画のワンシーン。しかし二人の笑みの裏には、壮絶な闘いがある。
「ええ、とっても。さあダーリン、ソファへどうぞ。今買い物から帰ったばかりだけど、すぐに出来上がるから」
一瞬も気を抜くことは出来ないのだ。 ギアッチョは花を抱いたままのナナシを横抱きにして、その場でくるりと回ってみせた。
「そうはいかねえよ! 今日は、全部オレに任せておけばいい。な?」
そしてゆっくりと紡ぐように甘やかな声で囁いて、白い額に唇を落とす。 仕事でしか彼と関わらない人間が見たら、それはもう目玉の二つや三つ飛び出してもおかしくない光景だ。 けれど、ナナシは驚いてばかりではいられない。
「素敵なお誘いね。でもダメよテゾーロ。聞き分けのない事を言わないでちょうだい」
我儘なあなたも素敵だけれど、と頬を撫でる指先は物足りなげに耳の輪郭までなぞった。 ギアッチョは一勝とばかりに喉を鳴らして、悔しがるナナシごとソファに倒れこむ。 柔らかい体を堪能しながら揺れる瞳を覗きこんで考えるのは、(さて、お前の今日の凶器はなんなんだ)ということだけ。
「なんでだよハニー、シチューに毒でも盛るつもりだったのか?」 「面白いことを言うわねシュガーチェリーボーイ。まさか、そんな」 「そんじゃあよ。オレがお前の為に、愛を持って料理をすることに、なんの、問題が、あるんだ?」
二勝目に手がかかったという確信が、ギアッチョの唇に歪んだ笑みを浮かべた。事実、ナナシもまた負けを重ねることになるのかと恋人の背中に回した腕に憎々しげに力がこもる。 お互いがお互いを甘やかしたくてしようがない。自分なしではいられないよう、舌も蕩ける甘い愛で満たしたい。 ただそれだけの思いが、二つ重なってしまうことの難儀さよ!
「私って、ちょっと駄目でちょっと甘えん坊でちょっと友達からああいう男やめといた方がいいわって言われるくらいの人の方が好きなの」 「知ってる。てめえのことなら靴のサイズからトーストの好みの焼き具合まで、全部知ってる」 「じゃあ私が、あなたのことを好きで好きでたまらないことは知ってる?」 「おお。有能で真面目なお前なんてクソ食らえだってオレが思ってるのも知っててどうしようもなく愛してるのも、知ってる」 「これでも、あなた好みの女になりたいのよ」 「癪だけどオレだってそうだ」 「なら!」 「そんじゃあよォ!」
加熱していた会話が止まる。 似たような性癖の似たような二人は、きっといま考えていることさえ似たようなものだろうと似たようなタイミングで気付いてしまった。
「あなたから先にどうぞ」 「たまには譲ってやるよ、どうぞ?」 「……あー」 「ん、あっ、あーっ」
一緒に作りませんか、かわいい人。
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