俺はいつでも隙を狙ってる。 それは暗殺者として生きている者の性かもしれないし、ニックネームに似合わない馬鹿馬鹿しいほど情熱的な恋に落ちているからかもしれない。だがそれはお互い様だ。例えるなら007のジェームズ・ボンドとボンドガール、Mr&MrsSmith、映画好きのあの女のせいで浮かぶモデルはハリウッドの男女ばかりで、実際はそれほど恰好のいいものでもない。 花束を抱えたところなんて、知り合いの誰であっても見られたくなかった。死にたくなるほど嫌だ。それでも必要なのは、花に銃を埋めているから。
「お前より綺麗な花はなかった」
空いた玄関口で飛び出すのは銃弾ではなくて、いうなれば殺し文句。 驚きに口元を覆って、それを受け取る薔薇色の指先を見れば、全くもってお世辞でもない。うっとりしたような瞳の中に光るのは獰猛さ。それが一番気に入ってるし、一番気に入らないところだ。
「ありがとうギアッチョ、ねえ、ソファに来て。ずっとずっと待ってたのよ。熱々のエスプレッソも飲むでしょう?」 「させるかっ」 「きゃあ!」
後ろ手で扉を閉め、花束を潰さないように下駄箱の上に置いて、手を引く柔らかい体を抱き上げる。映画のようにくるくる振り回してソファに飛び込んだら、嬉しそうな悔しそうな表情で顔を赤くする。俺は勝ち誇って口の端を上げた。 指先で鼻をちょんと触り、こめかみまで滑らせて、ナナシは甘い仕草で頬にキスをする。それから自然な様子で眼鏡をとってローテーブルに置くと、そのまま膝枕へと導かれそうになったので、慌てて起き上がって逆に腕を引っ張った。胸に飛び込んできた長い睫毛が不満そうに瞬きをする。
「何よ!自分ばっかりずるいわ。私だって貴方の普段見えない可愛い目を間近で見て、瞼にキスしてもいいでしょう?」 「アホ、何のために俺が馬鹿みてェに車飛ばして帰ってきたんだよ。お前の笑顔のためだぜ、お姫様」 「あら、じゃあ私があなたのために愛情込めて作った料理も食べずにあなたが作ってくれるの?料理上手な男なんて!やめてちょうだい」 「アア?捨てるワケねえだろ、」
かけあう声が甘い言葉と裏腹にだんだんと激しくなってくる。元々沸点が低いせいで一瞬怒鳴ろうとした口を閉じ、喧嘩をしたいワケじゃないと、細い腰を引いて胸に顔を埋めさせる。思い通りにならないのは憎らしいし、生意気な口を閉じてやりたいとも思う。抱きしめたら落ち着くのは俺の方だ。暴れるのも我慢して髪の毛を撫でたら、ナナシはせめてもの抵抗なのかぷいと視線を余所にやった。 これほど人に優しくしたことはないという手付きで愛撫する。毎度のことだ。自分とは違うどこまでもクニャクニャと頼りない感触も、体温の少し低い肌も堪らないと思う。そう認める。叶うなら一生このソファに縫い付けて、他の男や危険なものから遠ざけて、俺だけが触れていたいとも思ってる。それはナナシも同じらしかった。 そう、俺達は隙を狙ってる。 相手の心臓を撃ち抜いて、ドロドロに甘やかして、自分がいなけりゃ生きていけないほど堕落させたい。お互いそう思ってるからどうにも噛み合わない。それでも一緒にいるのだから、つまりそういうことだ。
「可愛くねェ女」 「フン、いつだってあなた好みの女になりたいのよ」 「癪だけどオレだってそうだ」 「なら!」 「そんじゃあよォ!」
とはいえここは譲れない。 似た者同士の論争は平行線を辿り、激しく言い争いながら結局は同じベッドに収まることになる。今日言いくるめられても、明日は自分の番かもしれないのだから油断はできない。手持ちの銃に重く、甘ったるく激しい愛を詰め込んで、俺は今日も恋人の隙を狙っている。
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