そう在らねばならないとは、一体誰の言葉か。
Stardust……星屑は呼応する。
彼らは歩みを止めないだろう、その正義に向かって
でも私はそれには興味が無いのよね、残念ながら。
トリックスター
―空条昭子は揺らがない―
長い黒髪を揺らして帰路を駆け抜ける。本来は禁止されているバイクだが、歩いて登下校なんてかったるいことはやってられない。
最近は諦めたのか、教師も眉を顰めるだけで何も言わなくなった。
私空条昭子は高校生である。母と兄一人と暮らしている。父はミュージシャンで、家にはめったにいない。
母譲りのエメラルドグリーンの瞳が自慢。趣味は今のようにバイクを飛ばすこと、エトセトラエトセトラ……。
あ、あと兄は現在牢屋にいます。
いつも通り道を右折すると、いつもと違うものがあった。
兄の承太郎と母のホリィ、そして見知らぬ男と……アメリカに居るはずの祖父、ジョセフ・ジョースターの姿に思わず声を上げる。
「お、おじいちゃんっ」
「む?おお、昭子か!」
「なんで日本に――あ、」
驚きのあまりハンドル操作を誤り、車輪が大きく蛇行する。転倒を覚悟してぎゅっと目を瞑った。
……が、いつまでたっても襲ってこない痛みに目をそうっと開ける。いつの間に助けられたのか、私は承太郎の腕の中にすっかり収まっていた。
「あ、りがとー。承太郎」
「気ぃ付けろよ」
「ごめん」
「怪我は無いかの?」
心配そうな面持ちで手を差し伸べた祖父に嬉しくなって勢い良く抱き付く。危なげなく抱きとめた祖父は久しぶりに会う孫娘に破顔一笑で再会のキスをくれた。
反対に手持ち無沙汰になってしまった承太郎がどこか不満げに手をポケットに突っ込んだのが見えたが、いかんせん私は大のおじいちゃんっ子である。
「おじいちゃん、来るなら言ってくれればいいのにー」
「わはは、すまんすまん!何せ急だったもんでな。お前の兄貴を牢屋から引きずり出してきたんじゃ」
「ジジイ、余計なこと言うんじゃねぇ」
「へー」
「・・・・・・」
兄は牢屋からの出所を理由無く拒否するという意味不明の行動をしていたのだが(本人的には多分理由があるんだろうけど)気が済んだのだろうか?
正直、最後は意地になってただけのような気もするが。
背の高い承太郎を覗き込んで「お疲れ」と言うと、無言で髪をくしゃくしゃにされた。どうやら照れているらしい。普段「可愛くない奴」とか言いながら私が妹らしさを見せると途端に弱くなることを私は知っている。
こちらも相変わらず分かりやすくて可愛い兄です。
次いで祖父の頬にキスを返して、もう一度質問をする。
「で、本当に承太郎を牢屋から出すために日本に来たわけじゃないでしょ?知らない人も連れてるしね」
「……その通り!承太郎、そして昭子。お前にも……いや、ジョースター家全体に関係のある話だ。彼はモハメド・アヴドゥル。わしと同じ目的でここに来た」
「よろしく、昭子さん」
「……よろしく」
分厚い無骨な手と握手をしながら、注意深く観察した。祖父が連れてきた人物を疑うわけではないが、何となく警戒を解く気にはなれなかった。
だって随分と不明瞭な、含みのある言い方である。
「聡明そうなお嬢さんだ」
「!」
次の瞬間、私は握手していた手を弾いて思い切り後ずさった。
笑顔の奥に挑戦的な色をちらつかせる目の前の男の背後に、突如何か――猛禽類の頭を持った大男のようなものが現れたからである。
とっさに承太郎が前に出て私を庇うが、彼には襲いかかろうなどという気は無いようだった。
「やはり、彼女も見えている!!」
「何、これ……」
「“幽波紋(スタンド)”!人の生命エネルギーが作り出すパワーあるヴィジョンのことじゃ。承太郎はこれが原因で牢屋に入っていた!」
そういえば、前に警察から一方的な喧嘩を咎められた承太郎が訝しげな顔をしていたことを思い出す。
その後悪霊がどうだとか言っていたっけ?実際その悪霊とやらを目にしたことは無かったが、私にも覚えがあることであったから印象に残っている。
あれもこれも、その“スタンド”だということだろうか?
「スタンド、ね」
空条昭子は思考する。
そう在らねばならないとは、一体誰の言葉か。
Trickstar……神をも恐れぬ所業?
秩序や法がいくら語ったところで足を止める理由になりはしない。
後でどうなるかなんていうのは、後で考えるべきこと。
引っ掻き回せ、運命を
そうすれば私は闇さえも攫って見せよう!
トリックスター【trickster】
1 詐欺(さぎ)師。ぺてん師。
2 神話や民間伝承に現れるいたずら者。秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、善と悪など矛盾した性格の持ち主で、対立した二項間の仲介・媒介者の役目を果たす。
長くなりますが、お付き合い下さい。
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