デリーからパキスタンへの国境を超えた。

先のスタンド使いから頂戴した小さな車では崖越えは難しく、途中からジープというイカつい車に乗り換えている。
搭載されている2600cc4気筒ガソリンエンジン、G54Bは最強と名高いだけあってよく走った。古いのでいえば、J3なんかのエンジンはそりゃあもうトルクフルで……と昭子はジープについて誰かと語りあかしたかったのだが、生憎この手の話に同調してくれる人は居なかった。


正義(Justice)


パキスタンがインドから分離独立した新しい国家だというのは、国境付近で立ち寄った土産屋で聞いた話だ。それにしても店主はさすが旅行者を分かっているのか、退屈な移動時間にうってつけな本を勧めてくれた。
ページを流し読みしている昭子と運転席のポルナレフの視線が、ふとバックミラー越しでかち合う。

「なァに読んでんだよ。車乗りながら本読んで酔わねえか?」
「オープンのジープだから平気だよ。コレはさっき売店で買ったやつ……フランスにもあるの?星座占いって」
「ワオ、大好きだぜ!フランスじゃあサッカーのメンバーとか国の代表だって星座の運気で決めたりなんてのがあるって聞いたことあるしな」
「へえ〜、こういうの好きなのって日本の女の子くらいかと思ってたよ。ポルナレフ何座?」

退屈そうにハンドルを握っていた運転手は途端に生き生きとした様子で自らの星座を告げた。精悍な顔つきのケンタウルスが弓に矢をつがえ、今まさに射ろうと力強く引き絞っている姿の横に「矢のごとく突っ走るスピード感のある射手座」と見出しで大きく載っている。
既に当たっている気がして昭子が笑いそうになったが、何気なく覗き込んだジョセフが先に噴き出した。

「何だよ、後ろだけで笑うなって!何て書いてあった?」
「えー、"開放的で楽天的な人が多いのでムードメーカーとなる人が多く、場を和ませたりするのが得意です。かつトラブルメーカーでもあり、冒険好きで危険なことにも興味を持ちやすく危なっかしいところも"」
「ぶはっ!当たっとるじゃないかポルナレフ!」
「……他には!?」
「"また何も考えていないように見えて頭はかなり良いです。男性はワイルドで少し不良っぽいタイプが多いようです"だってさ。コレも当たってるね」
「おっ、コレはいい感じじゃねえか」
「ちゃんと聞きなよ、バカそうに見えるって言われてるんだ」
「ンだよもっといいこと書けよなァ!ていうかお前はどうなんだ花京院!何座だコラァ〜ッ!」

静かだった車内は一冊の本の登場で一気にぎゃいぎゃいと賑やかになった。後部座席の左端で承太郎が一人くだらないとばかりにため息を吐いたのを聞いて、昭子とポルナレフはお互いの意図をくみ取って白々しく顔を見合わせる。

「……ホラ、水瓶座って変わり者で実生活じゃ浮くっていうか、早い話空気読めないから」
「"でも時にとても寂しくなることも。とにかく天邪鬼な感じです"だってよ。なんだ仲間に入れてほしいならそう言えよなァ〜」
「うるせえ、まったく当たってねえな」

水瓶座の男は続きを読み上げようとする妹を戒めるように睨み、新品にしては色あせている本をさっと取り上げてしまった。
ブーブーと文句を言いながら大して悔しくもなさそうにシートに身を沈めた彼女はちなみに、口が達者で社交的な、器用で何でも要領よくこなす双子座だ。旅が始まってから心なしか大人しかった口数もすっかり弁舌さわやかに戻ったことに、承太郎がひっそり安堵していたことなど、もちろん誰も知らない。


順調だった道のりも徐々に怪しくなってきた。カラリと晴れていた空は色を映さず、霧が濃くなってきている。ジョセフは懐中時計を開いて小さく唸った。

「向こうからどんどん霧がくるな……まだ3時前だが、しょうがない。今日はあの街で宿を取ることにしよう」
「いいトイレのついたホテルがあるかなァ、俺いまいちインド・西アジア方面のフィンガー・ウォシュレットはなじめんでよォ〜〜」

ガードレールも無いこんな崖道、こんな天候では安全運転もままならないと、薄暗い中にハッキリと現れた街へと車を進めていく。
人も決して少なくなく店も多く出ているのに、不気味なほど静けさに包まれた目抜き通り。それは空を分厚く覆っている霧のためだけではないのかもしれない、と訪れた者に思わせる雰囲気があった。

ジープはブールワールの隅へゆっくりと停車する。

次々車から降りていく仲間を横目で見ながら、昭子はなぜかこの地に足をつけることに躊躇いを覚えた。ジョセフがそんな彼女の様子に真っ先に気付いて振り返る。

「どうした昭子、気分でも悪いのか?」
「ううん、ちょっと足痺れただけ」
「霧が濃いから足元に気を付けるんじゃぞ、転ぶなよ?」
「おじいちゃん、私そろそろ17歳なんだけど……」
「フッフッフ、何歳になってもわしの孫には変わりなァ〜〜いッ!!っちゅーワケだ、諦めて甘えていいんだぞお〜〜?」

祖父のたっぷりユーモアを含んだ軽口と笑顔に、ヒタリとした爬虫類の肌のような不安がホッと軽くなった。今度はしっかりブーツの底を鳴らして立ち上がり、老年とは思えぬたくましい腕に抱きつく。

ジョセフはまた底抜けに明るい笑顔を見せた。





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