死刑執行人は目を細める。
 神父の手は電気椅子のスイッチに乗せられ、座すのは罪人の女。呼吸は荒く、自分の身体に戻った罪障にただ怯えるしかできない。神父は知っていたのだ。その少女が自らを守るために記憶を「解離」させているのだと。ピィチ・ジョンはプッチの知る人格とは明らかに別人だった。
 殺された神父と消えた養女。
 生まれつきのスタンド使いはその未熟さ故に、周りの人間を傷付けてしまうことがある。プッチが到達したのは、当然といえば当然の推理だった。

「『記憶』も『スタンド』も、もうすぐに取り出せる……やはり君は私を天国へ押し上げる存在たり得なかったな」

 ついにDISCが引きずり出されそうになったとき、ピィチの身体が大きく痙攣してやっと弱々しく抵抗を示した。今まで何人も殺してきたくせに自分の番となれば命が惜しいのかと、神父は目を細める。しかしそれだけでは終わらない。何かの気配。視力を失い敏感になった感覚が、男を反射的に背後に飛び退かせた。
 突如、女の背後に現れた実体。
 今まで姿を現したことのなかったそのスタンドは、コードとパイプが複雑に入り混じった歪な翼を持っている。浮き上がるネオンの目玉がギョロリと神父を見る。かつて彼女という存在を捻じ曲げた精神のヴィジョンが、はじめて姿を現した。

 ピィチはずっと知っていたのだ。自分には決して見えない天使が、生まれたころから傍にいることを知っていた。そしてその逃亡の罪の名を直視し―――生まれて初めて口にする。

「『JUDAS(ジューダス)』」
「……なるほど、ユダか。言い得て妙だな。神を裏切る者……ならば君に審判を下そう」

 記憶を思い出したことによって女の精神は既に掻き乱れズタズタになっているのか、影は不気味に佇むだけで何もアクションを起こそうとしない。どちらにせよ彼女は自らの罪に耐えられないのだ。ならばDISCを抜いて確実に命を絶つことが救いと呼べるのかもしれない。
 事実ピィチは涙をぽとぽとと力なく流しながら意識朦朧としていて、子供ですら殺せそうな有様だ。プッチは今度こそ彼女の額に手を伸ばした。

「そのままじっと受け入れろ……君の人生は呪われていたんだ、ウェザーと同じように」

 ピクリと肩が揺れる。
 その名を聞いた瞬間、女の目にひと欠片の光が戻った。音楽に乗せて踏んだステップ。腰を支える腕の温度。全てが感覚として戻ってきて鳩尾が震える。身体の底から湧き上がるのは恐怖ではない。もっともっと、とてつもなく熱いものだった。

「鶏と………卵は……どっちが先に生まれたんだろう……なんにも、なにも変らないのに………」
「……何を言ってる?」
「ワタシ、きっと幸せにはなれないって思ってた。たくさん殺したし、たくさん壊したから。でも、でも、同じよね。早いか、遅いか、どっちかってだけ―――あなたもそうよ、プッチ神父」

 空気が変わる。
 それはピィチ・ジョンがはじめて見せた明確な怒りだった。全面に出ていた白痴は鳴りを潜め、ターコイズの瞳には知性が映されている。何もかもなかったことにしてしまった。何も残っていなかった自分の中にやっと灯った小さな光の粒。それを消そうとしている者がいる。怒りを取り戻した今、それだけがただ許せない。
 知った顔がフラッシュバックのように脳裏に浮かび、彼女の目と声を鋭く尖らせる。

「あなた、自分が正しいと思ってるでしょう。でもあなたもいずれ誰かに裁かれる。神さまじゃなく、人の手で……鶏も卵もおなじ。私と貴方もおなじ。人はみんな同じ。誰の罪も消えることは決してない!」
「黙れッ!!」

 神父は憤りに顔を歪め、穏やかな雰囲気を一気に払拭する。女は両腕を鉤爪のように伸ばし、神父の喉元を捉えた。怒り狂う殺人鬼の執念と憤怒のこもるそれはプッチの背筋を凍らせる。
 だが一手!
 ピィチが遅れをとったのではない。ホワイト・スネイクが素早かった。頭からDISCが抜き取られ、ピィチの身体が軸を失って傾く。神父は数秒圧迫された喉笛をおさえ、落ちた冷や汗を拭った。

「ハァ、ハァ………ッ」

 ドサリ、女の身体が崩れ落ちた音と、確かに掌にある二枚のDISCの感触に、プッチは勝利を確信する。それからほんの数秒で呼吸を整え、細事は済ませたとばかりに踵を返した。一瞬で激しい熱を持った首の痛みだけを抱えながら、表通りにはカタツムリと化した生き物で溢れているというのに、足音は迷いなく進んでいく。
 路地裏には既に人気はない。この薄汚れた暗い場所で―――全米を震撼させた殺人鬼が消えたことを、世界の誰も知らないまま。



 ピィチ・ジョン
 スタンド名―ジューダス

 死亡




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