外の世界は確固たる拒絶を持って僕を迎えた。
 死んでいった数十人の兄弟たち、切り刻まれ殺された動物も、餌である誰かの死体、いつか死ぬだろう研究者たち。『家』にあるすべては僕の餌で、いずれ訪れるだろう僕の姿だった。よく似た目をした姉(いわく妹)を例外にして、『家』において、僕とその他の境界線はひどく曖昧だった。 
 けれど『外』は恐ろしいほど眩しく、つぎはぎだらけの僕はなにものからも異質だということをいやでも思い知らされた。皮肉なことに、『家』では一番僕から遠かった妹(いわく姉)こそが、この世界でただ一つの同種となった。

 それでも、僕は順応することに慣れていた。新城たちに連れ出された『外』でも、その性質は健在だったようだ。人の世界のルールにも、急に出来た上司だとか同僚だとかにも、僕はずいぶんとはやく馴染んだ。
 どうやらそれまでの僕は人ではなかったようなので、全てを吸収し、受け入れ、変化し続けた。慣れてしまえば、『家』も『外』も大した変わりがないことが分かった。今では『人間』をやるのも、上手くなったと思う。――不変である姉(もしくは妹)は、時折おっかなびっくりの様相を示ししているけれど。それもまた『人間』なんだろう。



 ぐうと腹がなる。
 外に出てからというもの、僕はいつも空腹だ。千早のご飯を奪おうとすると、新城にハチャメチャに怒られる。あれは怖い。
 同じ車で帰途についていたランページが、こちらに目をよこし柳眉をしかめた。
 まともに朝食をとらないからだ、と紫紺の瞳は語っており、僕は膝の上の紙袋を抱きしめて頬を膨らませた。人の餌だけは、どうにも口に慣れてくれない。

「お前たち兄弟は、どうしてそう手がかかるんだ」

 ランページはやれやれと演技がかった様子で頭を抱える。キザったらしい仕草だが、容姿のおかげか堂に入っている。姉(あるいは妹)はこの端正な顔を気に入っているようだったが、僕はどうにも食指がうごかない。
 所詮番犬の身の上なので、守るのは『家』で、『城』だとか『国』だとかを相手取るタイプのこの男は管轄違いだ。恩義もあるが、僕がランページを齧らないのはそういう理由が大きい。

「餌さえくれれば僕くんはイイコだよォ。きみんとこォ、みんな美味しくなさそうなんだもン」

 今日はうちうちの話し合いで、ランページは自ら席についた。番犬として僕が付き添ったがとくに食事の機会もなく、ただただ無駄なカロリーを消費しただけだった。これを言ったらまたため息をつかれるだろう。
 僕が食べるのは愚鈍なポーンと、勇猛果敢なルークだ。世俗的な言葉で言うとすれば、クズと主人公。今回の話し合いには一人も現れなかった。

「褒め言葉として、受け取っておこう」

「うン……まァ、それでいいやァ」

 確かに僕の餌が少なければ少ないほど、彼の立場が盤石である証だ。こちらとしては大いに不満だけれど。
 
「デライラ――次もいい子に出来たら、ランチくらいは用意してやってもいい」

 それを言外に感じ取ったのか、ランページは僕の肩を柔らかく叩いた。あいかわらず、手綱の握り方を心得ている男だ。

「わァい! さっすがランページィ! 俺様ちゃん頑張っちゃうゥ!」

「現金にもほどがあるんじゃないか」

 言いながらも声には笑みが混じっていた。 
 彼の住処が近づくにつれ、目に見えてランページの機嫌はよくなってきている。今日は朝からランペルージの調子がよく、この後は彼女とお茶の時間があるそうだ。シスコンめ。いや、今は僕もご機嫌なので、家族思い、と評してやろう。
 久しぶりの食事の予定に、僕の顔には満面の笑みが浮かぶ。

「お金になんか興味ないよォ。ごっはン、ごっはン」

「いい子にしていたら、だ。新城のところに戻っても、ギコたちを齧ってくれるなよ」

「はァい!」

 思うに、ランページを筆頭に『騎士団』には兄弟(血の繋がりは関係ない)への執着が強すぎる人間が多い。だからだろうか、僕と姉(ときどき妹)を別個で動かそうとする度、やけに丁寧に理由を話してくる。戻ったら一緒にチェスをやろうと思う程度には仲がいいが、世間一般――あるいはこいつらだけだろうか――の考える兄弟と僕たちの実像は大分違う。そろそろ修正されてもいいと思うのだが。

「ところでェ、兄弟ってそんなに大切ゥ?」

「……そうなんじゃないか」

 運転手を気にしてか、ランページは妙に歯切れ悪く答える。隣に座る彼の表情は逆光になっていてわからない。窓から差し込む光が眩しい。

「ふぅン」

 じつのところ、実際のチェス盤もこいつらに連れ出されてからはじめて見た。情報としてチェスというゲームがあるということは知っていたけれど、実物を見てることも、ましてや遊ぶこともなかった。思ったりより重かった。
 どうやらこの世界には、僕たち兄弟の知らないことがまだまだたくさんあるようだ。
 隣に座るランページが、「二時間の外出で、それだけ土産を抱えてよく言う」とぽつりと呟く。半分はランページからランペルージのものだが、僕は優しいので言わないでやった。



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