中学2年の秋。
 先だって忍足くんと付き合いはじめたわけだが、男テニとは相変わらず接点がない。同じクラスにいないこともあるのだが、委員会でも一緒にならないし、私も積極的に部活を見にいくほうでもないからだ。
 彼女がこれよみがしに応援行くのってなんかやらしいじゃん?なので、私が忍足くんを待つときはもっぱらテニスコートが見える食堂だ。人もまばらなテーブルの端を借りて、細々と予習復習なんてことをやっていた。


 が、わけあってコートに来ている。
 男子も女子も関係なく熱気があり、テニス部は今日も盛況だ。なんとかテニス部をつかまえられないかと思っていたが、すでに勢いに気圧されている。
 うーん、こっそり忍足くん呼ぶのも難しいかなあ。目的は忍足くんではないんだけど。

(まだ榊先生のほうがいけるかな)

 変は話かもしれないが、忍足くんを除けば男テニ関係者で私が一番喋るのは榊先生である。あんまり表情の変わらない人だが、話してみると面白い。あとは2年の半ばくらいにいろいろお世話になって、まあ、私が勝手に懐いているわけだが。
 その榊先生は監督らしく、ベンチで腕組みをして静かに座っている。生徒達がテニスをする姿をじっと見る姿は真剣そのものだ。というわけでだいぶ話しかけづらい。ううん。

「監督に何か用か」
「ひょああ!」

 背後からかけられた魅惑の声に誇張でなく飛び上がって驚いてしまった。振り返ったら予想通り部長様本人。まだ高い日を背負って少し汗をかいている顔は、今日も華やかでお美しい。
 だからとてもまずい。
 跡部ファンにこの現場を押さえられたら、私の平和で面白おかしい学園生活に暗雲が立ち込めることになる。ていうか跡部くんと一対一で話すこと自体まれなので、背中に変な汗かいてきた。

「いや、そうじゃないねんけど」
「じゃあ忍足か?急ぎなら呼んでやる」
「えーとえーと忍足くんでもないねんけど!あ、もしかしてこれ跡部くんわかる?」

 私が忍足くんとそういう仲なのは当然彼も知っているわけだが、今日は違う。ビビっているのを表情に出さないようにしてはいるものの、あまりにも美形なので迫力で寿命が縮みそうである。
 カバンから取り出したハンカチに包んでいたのは、ひとつぶ透明の石がついた金のヘアピンだった。跡部くんはそれを見て、薄いブルーの目を丸くする。

「これさ、食堂の近くで拾ったの。たぶん巴さんちゃうかなーと思って」
「ああ、エナのだ」

 びっくりした。即答だ。
 それより驚いたのは、彼の凛々しい目元がふっと柔らかくなったことである。私はうっかりヘアピンを落としそうになりながら、なぜか赤面しそうな心地になった。
 なんというか、とても気がかりなことが解決したような優しいため息だったのだ。そこにはもちろん、この場にいない人の名前のせいでもあるんだろう。

「さっき食堂棟に荷物を運び込んだから、そのときか。良く分かったな」
「あー、いつやったっけ、前に着けてたときに可愛いねーって話しててさあ」
「なんだ、よく話すのか?」
「忍足くんおるとたまにーくらいかな」

 彼がテニス部と話しているときわざわざ混ざったりはしないのだが、巴さんのときは思わず吸い寄せられてしまう。しかし巴さんの話になると、あの跡部くんとの会話だというのになんて滑らかなことか。普段より抜群に喋りやすい。
 跡部くんはなるほどと頷いたあと、天高く手を挙げて指を打ち鳴らした。近くの生徒達が一気にこっちを見る。やめてよお!なんて目立つんだ!イカ釣り用の電飾ついた船みたいなやつだな!

「エナ、お前に客だ」

 まーよく通って注目をお集めになる声ですことー!帰っていいかなー!跡部くんが渡してくれりゃいいんじゃないかなー!?
 居たたまれない気持ちでいっぱいになった私と跡部くんのもとへ、ジャージ姿の巴さんが慣れたように駆けよってくる。ジャージ姿でも美少女は霞まない。不思議な組み合わせに首を傾げながら「なあに」と聞いてくれる。いかん、美形の画面占有率が高すぎて目がつぶれてしまう。

「これ、落としもの」
「わあっ」

 上品な唇からことのほか大きな声が出て、本人も慌てて口元に手を当てている。びっくりした顔も可愛い。なんてこと。柔らかい眼尻がさらに下がって、ピンク色に染まった頬が笑みの形になる。
 類まれなる美少女の微笑みは絵画にとどめるべきだと思いませんか?レオナルド・ダ・ヴィンチも同じ気持ちだと思う。
 
「ありがとう、探してたの!」
「あ、よかったー。たぶん壊れたりはしてないと思うねんけど」
「うん、うん、大丈夫。本当にありがとう、きりちゃん!………あ」

 巴さんの頬がまたぽっと違う熱で赤くなった。あまりの可憐さに「はわわ」と私までつられて赤くなる。

「ご、ごめんね。忍足が伊丹さんのことそう呼ぶでしょ、だから移っちゃって」
「あ、え、いや、ぜんぜんきりちゃんでいいよお」
「ほんと?」
「うん。私もエナちゃんでいい?」
「もちろん」

 やったー!学園一の美少女の名前呼びの権利を獲得したぞー!快挙だ!
 ともかくヘアピンが見つかって嬉しそうな巴さん、いやエナちゃん。お近づきになれて嬉しい私。エナちゃんを見て跡部くんも何故か非常に嬉しそうにうんうん頷いている。なんでだよ。

「エナちゃん」
「はあい、きりちゃん」
「やーん!なんか照れるー!」
「ふふ」

 あはは、うふふ。なんつって。
 私がコート近くにいることに気付いて歩いてきた忍足くんが、このお花畑空間を目の当たりにしてちょっと愕然とした表情になる。いかんいかん、部活の邪魔をしてしまった。
 用件も済んだので、じゃあと美少女と美少年が連れたって去っていくのを手を振って見送る。なんて麗しい光景なのか。世界の色彩が輝いてみえるよ……。

「きりちゃん、顔、顔」
「一度に美を摂取しすぎた」
「美少年の俺がおったらヤバいやん」
「ボケたがりさんやな〜〜〜〜ちゃうねん、聞いて」
「はいはい」
「ここから私の妄想やねんけど」

 忍足くんに私がここに来た経緯を話したあと、想像力の羽をおおいに広げる。おそらく―――あのヘアピンは跡部くんからのプレゼントで、エナちゃんはそれをとても大事にしていた。で、今日どこかでそれを失くしたことに気付いたけど、彼女は真面目なので「部活が終わったら探そう」と思う。
 しかしどこか元気のないエナちゃんを心配していた跡部くんは、私が届けにきたヘアピンを見てピンと来たのだろう。

「ピンだけに ふふっ」
「やかましいわ」
「そしてあのついてる石は、跡部くんのことだから本物のダイヤ……」
「えっウソやろ!?」
「と見せかけてジルコニア」

 ずる、と忍足くんがこけた。
 いいリアクションですね、お兄さん。
 まあこれは完全に妄想で、そうだといいなという私の希望でもある。王様気質の傍若無人、「俺様の前に誰も立つな」と言わんばかりのちょっとコワイ跡部くんも、大事な女の子がいる普通の男の子なんだなあ、などと思って緊張がほぐれるので。

「はい、部活いってらっしゃい」
「頑張ります」
「上で待ってるわー」

 帰りはあの絵になる二人も誘ってみようかな、と数分前は絶対に考えなかったであろうことを考えながら、忍足くんを送り出す。斜めから射す陽の光に、彼女のヘアピンがキラキラ光っていた。




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