「じゃ、ちょっと待ってて」
「はい……」

申し訳なさそうにぐったり項垂れる彼女には、いつも以上に距離をあけておく。恐ろしいほど整った目鼻立ちは完璧すぎる故に冷たささえ感じるが、女の子ということと今の状況を踏まえれば気にはならない。
鼻をガーゼで押さえる、美しい手。
美しいものは好きだが。

「本当にすみません……」
「いいよ別に、私も前見てなかったし」
「でも、先生まで」
「軽いから平気……ンッ」

とはいいつつも、たらりと喉をつたって口内に流れ込んだ赤黒い血をべっとティッシュに吐き出した。この生ぬるい感触はご無沙汰だったと思いながら。
私はもう止まりそうだが、皇さんの鼻血はまだ止まりそうになかった。

何を急いでいたのか、それはよく知らないし聞く気もないが。事件は昼休みのチャイムが鳴ってからすぐだった。
ステンレスの器具を持って医務室に向かっていた私の進行方向、右の角から飛び出した皇さんと勢いよくぶつかった。まぁ説明してしまえばそれだけのこと。
器具が直撃して鼻血をダラダラ流しながら必死に謝ってきた姿は、なまじ美しいだけに結構迫力があった。

「……よし、じゃあこっち来て」
「はい」
「今から治療するけど、鼻に触れても大丈夫?」
「接触障害ってわけじゃあないので」
「OK」

あんなに女の子に囲まれていながら(だからこそだろうか)彼女が女性に恐怖心を抱いていることは教師の間では有名な話だ。女教師が触れた所為で生徒が怯えるなんてことがあってはならないとのお達しだった。
慣れれば大丈夫という話も聞くが、私はもともとベタベタするのは好きじゃあないから別にこのままで構わないだろう。

オキシドールを綿にしみこませて軽く絞り、ピンセットで鼻の中へ挿入して指で圧迫させる。取り乱した様子は無いしもうしばらくしたら止まるはず。

「じゃ、押さえたまま教室に戻って」
「ありがとうございました……本当にすみません」
「……やっぱりちょっと待った。お昼ならあるから完全に止まるまでここにいたらいなさい」
「え?」
「思ったより深いみたいだし……そんな顔で友達に会うの嫌でしょ?」

もちろん、真っ赤な嘘だった。
白い頬がわずかに赤く腫れて、血塗れの鼻周り、赤くにじんだ綿の色。その横顔は「見る奴が見れば」生唾を飲み込んでしまうくらいに扇情的で、なんというかあまりよろしくない。
こう言っちゃなんだけど、酷く似合っているのだ。
皇さんはまるで白いカラスを見つけたみたいに大きく目を見開いた。

「先生って……」
「なに?」
「もっと冷たいのかな、と思ってました」

笑った顔は「王子」の名に相応しい。
試しに背中を軽くとんとんと叩いてもおびえたりはしなかったから、息をついて再びソファーに座らせた。

「誤解がとけたようで嬉しいね、夜月」


運命の赤い……
(ただの目立つ生徒からちょっと可愛らしい生徒に変わっただけだけど、そういうのって後々効いてくるモンだよね……というのは贔屓になるから黙っておこう)






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