「“ブローノ市長“は相変わらず、厄介な犬を拾うのが上手いですね」

 ブチャラティからの要件を伝えられたティラノ・カラヴァッジオは、自分を疑いの眼差しで見るエトーレという男を見てそんなことを言ったので、彼はあからさまに顔を顰めた。困窮する人間に際限なく手を差し伸べる彼のことを皮肉っているのだろう。唯一心から信頼する人物のことをそんな風に言われて、いい気のする人間はいない。
 勿論、ブチャラティからの紹介で仕事をすることもあるぐらいであるから、ブチャラティという男を嫌っているというわけではない。彼にとって――正確には彼女なのだが、ティラノはどう見ても男性にしか見えない――こうした毒を含んだ言葉には全く他意などない。けれどそんなことはエトーレには全く与り知らないのだ。

「おい、オレの前でブチャラティを侮辱するんじゃあねえ。殺すぞ」
「敬愛するブローノ・ブチャラティが仕事を依頼した人間を?とんでもない役立たずを寄越したものですね、ギャングの中ではマシなほうだと思ってましたが、そうでもないらしい」
「てめェ……ブチャラティを裏切るつもりか?」
「裏切る?」

 突然そんな単語を口にして青筋を立てる男を、ティラノは得心がいったように見下ろす。疑り深い男。噂には聞いていたけれど、実際に目の当たりにすればそれどころではない。疑心暗鬼に憑りつかれているといってもいい。
 自分の胸倉を掴む腕を振り払い、急速に興味をなくしたようにふと視線を外す。そして男の登場で中断していた壁の補修作業の続きに取り掛かりはじめたとあって、エトーレの心象がいかに悪くなったかは想像に難くない。

「オイッ!!」
「用件は済んだでしょう、仕事の邪魔ですからお引き取りください」
「いいや、返事を忘れてるぜ。ティラノ・カラヴァッジオ!ブチャラティを裏切るつもりなら今ここで殺す!」
「……一つ聞きたいんですが、貴方は人を疑うというのがどういうことかを理解してやってるんですか?『疑う』ということは、相手が自分に関心を持っているだとか、そういった類いの勘違いを抱いているという証拠に他ならないでしょう。一体何を期待して生きているか知りませんが、随分と信心深いですね」
「は、あ?」
「心配しなくても、他人は他人にそれほど関心を寄せませんよ。私はあなたを裏切らない。名前すら覚えていないのでね」

 満足のいく返事でしょう。
 そう言ったきり、ティラノは言葉通りエトーレに目を向けることはなかった。傍に誰かがいることを忘れたように作業に集中しはじめ、本気で自分を見ていないと気付いたエトーレは、抜けるようなブルーの瞳を揺らして大きく舌打ちをした。
 ずかずかと大股で去っていく男の背を、金色の鷹のような目がちらりと追いかける。あの優しく愚かな男が懐に招き入れるのは、ああいう厄介で面倒くさいタイプばかりだな―――と首をゴキリと鳴らしたティラノは、都合よくそこに自分のことは全く勘定には加えていなかったのだった。

 


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