太陽が真上にある。
 岩融と弥重の手合せは、素人目にも見事だった。身の丈ほどある薙刀の刃を器用に振り回し、打ち合い、火花と共に離れ、弧を描いてまた触れる。まるで二匹の魚が水の中で踊るような美しさと、それでいて熱風の渦巻く炎のような激しさに、いち野はドキドキと高鳴る胸を押さえてはしゃいでいた。
 そうだったはずなのだ。
 打っていた手を止め、力を失って膝に下す。二人の鳴らす玉を砕くような鋭い音と、砂埃を立てる踵と爪先の躍動。捲れ上がる鮮やかな布地。冷たく動かなくなったいち野の体の中で、ざわざわと、なにかが這い上がるようなうなじの気持ち悪さだけが蠢いていた。

「………う、」

 唇が歪みそうになるのをなんとかおさえ、二人を見ていられなくなって、いち野は音を立てないようによたよたと縁側から腰を浮かせた。夢中になって汗を流し打ち合う彼らの煌々と燃える目に少女は映らないだろう。それが幸いだった。
 知られたくない。
 一番誰にも見られたくない自分が、こんなに真っ直ぐな場所に存在している。それが耐えられない。堪らなくなって逃げるように姿を消したいち野に、岩融と弥重はやはり気付くことはなかった。



▲▼



「いち野様!」
「おお、ここにおったか」

 数刻経ったあと、日当たりのいい部屋の畳に寝転がるいち野を見付けて弥重と岩融は慌てて駆けよった。寝ているわけではないようで、二人の声にもぞもぞと顔をあげたあと、何ともいえない表情でまた芋虫のように丸くなる。
 困ってしまったのは弥重だ。はじめはとても楽しそうに手合せを見学していた主が、何時の間にやら姿を消していたのだから。久々に本気で交わした刃のやり取りにいかに熱くなっていたかを痛感し深く反省していた。途中で気分が悪くなってしまったのか、それとも何か気に障ることをしてしまったのか。先程の凛々しい面影は消え失せすっかり眉を下げた弥重は、いち野の傍にそっと座り込む。

「いち野様、御加減が?気分が悪いのでしたら白湯でも……」
「ん、んー、いや、えっと、」
「あ!!」

 体を起こしたいち野の投げ出された足に擦り傷があることに気付いて、弥重は真っ青になって立ち上がり後ろにいる岩融を追い越して、ものの数秒で救急箱を手に戻ってきた。早業である。
 失礼いたしまする、と膝の下に手をやっててきぱきと手当をしてくれる。その優しい仕草に、いち野はツンと鼻の奥が痛くなるのを感じた。

「あああ、おみ足に傷が残らないとよいのですが……!」
「お、おおげさだってー」
「自分で転んだのか?」
「うっ……!」

 岩融がまるで全てお見通しだ、とばかりににやにやと笑うのでいち野は羞恥で顔を真っ赤にして弥重の膝に飛びついた。弥重は何が何だかわからないといった表情でとりあえず受け止めてくれたので、いち野はそのまま顔を上げずにすんでホッと胸を撫で下ろす。
 言えるわけがない。戦っている二人がうらやましくて箒でチャンバラして、しかも転んだなんて。
 花のような香りのする着物に顔を埋めて、いち野は動かない。もし弥重が他の刀剣たち同様に武器の化身そのものであったら、きっとずっと気付かずにいたのだろう。刀という人の命を奪うためだけに作られたものに、人の姿を与えて、戦わせて、痛みを負わせて、ただそれだけで。戦うことのできない自分は決して同じ場所に並んで、同じ世界を見ることはできないんじゃないかと、刀と人である二人の姿を見て思ってしまったのだ。

 弥重。自分とそう変わりない歳の娘。柔らかい肌。けれど違う。決定的に違う。

「……弥重、私のことすき?」
「はい!」
「岩融は?」
「そうだな、俺も好いているぞ」
「う〜〜〜ん〜〜〜………じゃあ、まあ、とりあえず、いいや。いいよね、いいとしよう。今日はもうごろごろするからね、弥重も」
「え?わ、私もですか?」
「岩融も!」
「がはははは!よし、皆で寝るか」

 岩融が重たそうな袈裟を肩から外し、それで包むように二人を押し込めて自分も横になった。横倒しにされて大きな瞳を瞬かせる弥重を余所に、いち野と岩融はさっさと目を閉じてしまっている。おろおろしていた弥重も諦めたのかやがて体を落ち着けると、いつもの静かな本丸が戻ってきたようだった。
 ただ、瞼の奥に焼き付いている、あの真っ直ぐで美しい二人の刃をそっと思い出しては、いち野は胸を焦がさずにはいられないのだ。岩融の腕が日を遮るようにばさりと袈裟で主君の目を覆った。太陽が真横にたっている。庭先と明るく照らしている。

 けれどもう、そこには行けない。
 





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