「きみのほうが美味そうだ」

餌である吸血鬼に勝ち誇ったように顎を上げられる。それはメモリアにとっては今までなかったことであり、少々面食らった。直感の良さそうなこの男は、メモリアの『普通でない何か』におそらくは気付いているだろうに、それを自尊心でねじ伏せようとしている。気の強い吸血鬼がいたものだとメモリアは感心までし、うっすらと唇の端を上げた。しかし次の瞬間、ふとメモリアから視線を外した男の目が見開かれた。妖しく吊り上げていた唇を一瞬で一文字に閉じ、軽薄だった瞳が真剣になる。その視線をメモリアが辿っていくと、一人の女がそこに立っていた。

「………誤解だ」

ぽつりと男が呟く。女は絹のような長い前髪を片側だけ耳にかけると、エメラルドグリーンの目をやや細めて「ふぅん…」と相槌をうつ。見たことのあるその仕草にメモリアは目を見張った。涼しげな目をすぅっと冷たくさせるその仕草。頷きながらも聞く耳持たぬと言わんばかりの声の出し方。それらをメモリアはよく知っていた。

「聞け、昭子。後にも先にも愛しているのはお前だけ―――」

「ウラァッ!」

細く白い曲線美が空気を切り裂く。蹴りあげられた足の踵部分が男の顔に見事にめり込んだ。


※※※※


ところ変わって、現在メモリアは昭子の部屋で柔らかなソファに体重を預け、この館の執事が淹れたのだという紅茶を飲みながらくつろいでいた。外では爛々と太陽が照っているのだろうが、館の中は正面に座っている昭子の髪の色と同じように暗色だ。ティーカップから離れた艶やかな唇が「それじゃああなたは」と話をふった。

「人間でも吸血鬼でもない、別の種族ってわけね」

「……理解が早いな。それに冷静だ」

お世辞にもわかりやすいとは言えないであろう、メモリアの大雑把かつ端的な自己紹介を、昭子は素早く呑み込んだようだった。おそらく理解できないところはいったん隅に置き、理解できそうなところを昭子なりに解釈したのだろう。面倒くさい口上が好きではないメモリアにとって、これは喜ばしいことだった。

「あなたにとって、DIOは餌?」

「……そうだな」

力強い瞳に見つめられ、メモリアは思わず微笑んだ。足を組み直し、警戒心の強い視線を正面から受け止める。あれだけ派手に蹴り倒しておきながら、いざというときは自分が戦うという意志が伝わってくる。たかが人間の小娘だというのに、なかなかの迫力だった。

「しかし吸血鬼はいくらでも作れる。……別にあの男をどうしても食いたいというわけじゃない。……それに今はもっと別のことに興味がある」

メモリアはソファから背中を離した。紅茶をテーブルの隅にやり、空いたスペースに膝をついて殆ど乗り上げるような姿勢になる。昭子を逃がさないよう挟み込むように両腕を突っ張らせ、顔を近づける。宝石をはめ込んだかのような色の瞳にメモリアの顔が鏡のように映った。

「あの吸血鬼を蹴り倒したときのお前の顔は、見覚えがある。……奴もよくああいう顔をする」

「……奴?」

「私が他の何かに気をとられると酷く怒る。まるで私が所有物であるかのよう―――、それでいて何故怒るのかは言ってくれない」

エメラルドの光彩の中で、メモリアの顔は微笑んでいる。微笑みながら切望しているかのように見えるのは明るい緑の所為なのだろう。一万年以上も生きてきた自分が、その十分の一すらも生きていない人間に何かを聞くなど笑ってしまう。

「教えて。……なぜカーズと同じ顔を?」

けれど、メモリアには妙な確信があった。メモリアが一万年かけて未だ手に入れられないものを、昭子は手にしているという、確かな直感が。


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