「ヘイ!モブーーっ!」 「!?」
「霊とか相談所」て師匠霊幻にエクボの身の振りを相談していた最中、少年の背中に衝撃が走る。後ろからタックルしてきた人物に寸でのところで右足を踏んばらせ、何とか転倒せずにすんだ。 首に回った腕が頸動脈に来る前に振り払えば、予想通りそこには眩しいくらいの笑顔を携えたアカリがいる。
「重いんだから止めてよ……」 「ああん!?私が重いんじゃないわ、モブが貧弱モヤシなの」 「だから鍛えてる」 「筋肉ついたら身長って止まるらしーわよ?」 「えっ………」 「あれ?」
ショックを受けているモブに悪気なく鼻で笑ったあと、宙に浮く小さな霊を見つけてアカリは首を傾げた。 アカリの能力はパイロキネシスに特化しているため、除霊に大きな力は発揮できない。だが、霊を見る分には問題なく認識できた。 影山家やこの事務所はモブが出入りしている所為か、低級霊では近づけなくなっているはずなのだが。
「事務所に霊なんて珍しー!」 「……こいつ、この前話した宗教の悪霊だよ。僕について来るんだ」 「へー、消さないの?」 「もう弱って人畜無害みたいだし。ところでさっきの話って」
ふーん、という気のない返事でもう一度その霊を見たあと、他愛のない話をしながら二人は無邪気にじゃれ合っている。やり取りは妙に堂に入っていた。 エクボは様子を窺っているのか、微妙な表情で漂っているのみだ。少女には例のインチキ霊能者よりは霊力があるようだが、モブの脅威を目の当たりした後ではそれも微々たるものに見える。 しかし霊が見える人間というのは貴重だ。こちらもまだ中学生くらいの少女、取りいって利用するには最適かもしれない。
霊幻にモブが呼ばれたタイミングを見計らい、エクボが「よう」と陽気に話しかけようとして手を上げた瞬間、その霊体はアカリの手に素早く掴まれてしまった。 驚いて声を上げかけるが、それも許さないとばかりに強く握られる。掌の温度は彼女の感情と共にどんどんと上昇していく。
「弱体化してるけど、器用にへばり付いてんのね。そんなにあの世に行きたくないの?」 「お、お……ッ」 「いい、モブが馬鹿だからってヘンなことすんじゃないわよ。魂ごと消し炭にする荒い仕事なら、私にだってできるんだから」
指の隙間から見えるアカリの目は、ぎょっとするほど剣呑な警戒色を帯びている。脅しではない。弱体化したエクボにとってその手から伝わる炎の灼熱だけでも相当に参るものがあり、抜け出すことも出来ず必死に頷くしかできなかった。 モブと霊幻がアカリを呼ぶ。 ふっと手の力を緩め、少女は既に興味を失ったようにエクボを放り出した。明朗に輪に加わる後ろ姿に、先ほどの獲物を狙う獣のような空気は微塵も感じられない。
シゲオとアカリ。 見たところ付き合いは長そうだが、恋人という感じではない。本当に脅威と成り得るのはシゲオで間違いはないが、隣にいるあの少女も相当に厄介らしい。 自分を見下ろすアカリの視線がフラッシュバックし、エクボは人しれずぶるっと身体を震わせた。
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