塩中学校、生徒会室。
 もうすぐ訪れる運動会シーズンにともない、各学年の種目や部活動対抗戦などについての会議が執り行われていた。運動会は生徒会での取決めも多いため、生徒からのアンケートなどを片手に真剣な話し合いへと発展していた。
 その議論もやっと終了し、司会進行を務める生徒会副会長が全員の席を見渡す。

「議題は以上だ、何か質問はあるか?」
「あの〜……ずっと気になってたんですが、あれは一体なんでしょう?」

 一人の生徒がおずおずと挙手をして発言をする。徳川が視線を示された方向へ向けると、生徒会室用の布張りソファーにできた毛布の山があった。
 発言したのは今期から生徒会へ入ってきた一年生だ。他の生徒会メンバーからすればやや見慣れてしまったのであろうその光景に、徳川は頭が痛そうに目を瞑って資料を整えた。

「……あれは放っておけ」
「鍵かけてても何故か入ってくるんだよね、方法は未だに謎なんだけど。まあ、幸せを招いてくれない座敷童か何かだと思っておいたらいいよ、ははは」

 生徒会長の口上に副会長は指で目頭を押さえた。座敷童どころか、あの毛布の中身はトラブルを持ってくる星の下に生まれたとしか思えない才能の持ち主だ。
 鍵をかけようが何をしようが何故かどこからか入ってくるので、以前徳川が「まさか合鍵でも作っているのか」と聞いたところ、その手があったかとばかりに手を打ったためにそうではないらしい。そりゃ超能力者だもんな、と事情を知る律は苦笑いを零すしかできなかった。

「これで会議を終了する」


▲▼


「こんな毛布どこから持ってきたんだ全く」
「家からもってきたそうです」
「何?何故阻止しないんだ」
「……できると思います?」
「まあ、無理だろうね」

 こんもりと山になったソファを囲み、会議が終わり閑散とした生徒会室に3人が集う。律が長机に散らばった資料を回収しているのを横目に、神室がおーいと毛布に向かって声をかけた。だが反応はない。ゆっくりと上下するその大福のような塊に手を伸ばし、鬼の徳川は無言でそれを引っぺがした。
 中から現れたのは女子生徒。
 校則違反の短く切られた裾に、長く伸ばされた黒髪。それほど広いとはいえないソファーに器用に丸まった少女は、毛布を奪われても依然反応を返さなかった。

「おい渡辺」
「…………お腹いたい」

 小さい声が上がった。
 やはり寝てはいなかったらしい。思いのほか深刻な声に一瞬面食らうが、徳川はすぐに呆れ顔になって毛布を畳み始める。神室は神室でからかうように笑みを浮かべ、いつも通り少々嫌味の効いた軽口を叩いた。

「なら保健室じゃないか?ここでうずくまっていたところで治らないぞ、大体そんな格好してるから……」
「それとも落ちてたオヤツでも食べたのかい?まあ渡辺くんならやりそうけどね」

「……………っく、ぅ」
「!?」

 ごくごく小さな嗚咽に、二人は揃ってギクリとする。
 少女は大人しく言われたままの従順なキャラクターでは全くなく、むしろ反骨精神の化身のような性格をしている。神室の皮肉っぽい言葉にもすぐに噛み付いてくるのが定例なので、ついいつも通りに対応してしまったのだが、まさか。
 予想外の反応に、まだ女の扱いなど知りもしない二人はただ言葉を失う。そして書類を片づけ終わった律が、後ろから威圧感を放ちながら二人を睨んでいた。

「……何泣かせてるんですか?」

 モブとアカリが幼馴染ということは周知の事実であるが、その弟である律にとっても少女は小さい頃からの顔見知りである。人一倍「家族」を大事にする少年は、ことそれを害する者に非常に厳しかった。
 何となくではあるがそれを肌で感じていた二人は、一年生ながら妙に迫力のある目に押され焦ったように弁明する。

「い、いやまさかそんなに深刻に痛いとは思わなかったんだって!なあ徳川……あっダメだ固まってる」
「まったく、だから生徒会はモテないなんて神話を立てられるんですよ。ちょっと退いてください」
「えっそうなの?」
「アカリさん、大丈夫ですか?」

 初耳だったのかショックを受ける神室と固まったままの徳川を横切り、律は少女の小刻みに震えている背中を優しくさすった。やっと与えられた温もりに決壊したのか、上げられたアカリの顔には次から次へと涙が伝っている。
 夕暮れにさしかかった空の光に照らされてもなお、顔色はあまり良くない。本格的に体調が悪いのか、痛みを吐き出すように言葉ではなく嗚咽を何度も零した。

「………うぇ、ええ〜……」
「そんなに痛いんですね……」

 頷く代わりに痛みを堪えているのか、再びソファーに丸くなった少女に律は柔らかく声をかける。
 ここまで動けないとなると相当痛いのだろう。眉を下げて心配顔から一転し、怖いほどの無表情で振り返ると、先輩である二人は面白いようにビクッと怯えたリアクションを見せた。

「兄さんを呼んでくるので、その間アカリさんを……お願いしますね?」
「あ、ああ……」

 今日の影山は圧がある。
 ピシャンとつつがなく閉まったドアをただ見送り、任されてしまった唸る少女を前に、生徒会長と副会長は普段の聡明さを全く発揮できずにいた。
 理由は簡単である。普段元気すぎるほど元気な渡辺アカリが、腹痛一つでこうもしおらしくなってしまうものかと戸惑っていたからだ。当然、まともな対応ができるはずもなく。

「お、おいとりあえずこれを被ってろ。薬は持ってないのか」
「どこが痛いんだい?胃じゃないよな?保健室って薬は置いてないんだっけ?」

 力なく頭を振るアカリに、いつもとのあまりのギャップで処理能力が追い付かない。毛布を再び震える体にかけ、いざ看病となってもこの教室には何もない。
 心配と困惑でパニックになり、何をすればいいのか分からなくなった二人は、お互いに疑問を投げかけては特に生産性のない言い合いを発展させていた。

「そもそも影山はどうして兄を呼びに行ったんだ!?」
「知らないけど彼が渡辺くんを何とかしてくれるんじゃないかな!?」

 藁にも縋る想いである。
 頻繁に生徒会室をジャックし、高確率でトラブルを運んでくる不良少女を指導する日々に頭を痛めていたが、大人しくなればまた違う意味で振り回されている。
 結局、部活中のモブが急いで走ってくるまで、すっかり調子の狂わされた二人は騒がしくソファの周りをうろうろしていたのだった。





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