部活も終わって夕方。 事務所のシャッターが半分閉まっているのは、営業していない合図だ。もう今日は客が居ないのだろうかとモブはアルミ製の扉を叩いた。だが声はすれど返事はない。また中で二人がバカなことをしているに違いない、とドアノブを回し、そして後悔する。 中ではソファーでアカリが霊幻に抱き着いていた。
「センセーはもっとわたしに優しくしろ〜〜!かまってかまってかまってよお」 「アー?ンだよお前素直だと可愛いな、よしよしそんなに俺が好きか!こっち来いうりうり」 「きゃーー!!襲われる〜!きゃはははっ、あはははーーっ」
一体何が起こっている。 口を開けば憎まれ口、生意気な態度を一向に崩さないあのアカリが、あろうことか霊幻にすっかり懐いているではないか。 霊幻も意外と満更でもない様子で、決して座り心地のよくないソファーに倒れこませた少女の腹を手でじゃれ付かせている。二人とも不自然な赤ら顔で、モブはというと状況に全くついていけず、あまりにも処理しきれない光景に青ざめていた。
「あーー!」
アカリがいきなり声をあげて思わずビクッと肩を揺らす。どうやら体操着のままのモブに気付いたのか、勢いよく駆け寄ってその腹に抱き着いた。顔を擦り付ける勢いはまるで飼い主に飛びつく犬だ。
「モ〜ブ〜!!きゃーーっ!!モブモブモブモブ!」 「うわ、お酒くさい」 「も〜遅い〜〜っシゲオ最近部活ばっかで寂しいよー!」 「アカリまさか酔っぱらってる?」 「酔ってない!!………あははははははは!!」
眉を吊り上げて素面を主張したあとへにゃあっと緩みきった顔で笑い、今度は首たけに腕を絡めて子犬のように甘える。 普段と違う様子なのは明らかだが、それだけにどう対応していいか全然分からない。パニックを起こしてフリーズ寸前のモブをじっと見上げ、濡れた黒い瞳で少女がさえずる。
「シゲオが居ないとなんか元気でないの、楽しいことも楽しくないんだよォ〜〜〜、だからね、」 「わーーー!!僕こいつ連れて帰ります!!」 「送り狼になんなよ〜」
さらに恥ずかしいことを口走りそうになったアカリの口を慌てて塞ぎ、まだ来たばかりではあるがアルコール臭の充満する部屋から彼女を連れ、ついでに酔っ払いの台詞に見送られながら自分も逃げ出す。 まったく何だってまだ未成年のくせに酒を飲んだのか、間違えてしまったのかもしれないが。とにかくまともに話ができそうにもないので、半ば引きずるような形で帰路についたのであった。
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「アカリ、家ついたよ」 「ん〜〜、やだ!やだよ、今から一人なんてやだあ〜〜連れてって!」 「はぁ……」
アカリは自分の家に相変わらず入りたがらない。どんどんあたりは暗くなってしまっているし、このまま放って置くことなんてできるわけもなく、結局折れて腕を担ぎ直し自宅へと足を向けた。 覚束ない足取りで部屋に到着し、家族に一体なんて言い訳すればと考えながら鞄を下した瞬間にまた腹にタックルをくらった。
「よ、酔っ払いめぇ……っ」 「うはーっモブのお腹ぷにぷにでキモチーッ!」 「聞いてる?明日二日酔いになったって知らないよ」 「ンー、ん〜〜……」
忠告をすれどそのまま一向に離れる気配もなく。 触れ合った肌は随分熱く、健康的な頬に赤みがさして幸せそうではあった。意地っ張りな態度を脱ぎ捨てて甘えてくるアカリは、そのせいでいつもよりずいぶん幼く見える。 お酒が入ると普段抑制していることが出てしまうという。散らばった黒髪で手遊びをしながら、こういう機会があってもいいのかもしれないと、ほんの少し思わないでもないのだが。
「アカリ、いい加減」 「くー、くー………」 「えっ寝て………はぁあ」
あろうことか腹に腕を回したまま瞼を閉じている少女にぎょっとして、慌てて起こそうとするも時すでに遅し。 規則正しい寝息や上下する背中にため息をついて、呑気に夢の中の住人となった彼女をどうにかしてベッドまで運ぼうと試行錯誤したあと、やがてそれも諦める。 こんなに幸せそうに眠られては起こすこともできないし。 明日頭が痛いと言ったら笑ってやろうと決意しながら、もはやモブにはベッドからタオルケットを引っ張って自分達に被せるしかできなかったのであった。
きみにはまだ早い
(ところで送り狼っていったい何だったんだろう?)
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