日も傾いてきた。 少し和らいだ浜辺の日差しの中、海水浴ツアーの内容に含まれていたバーベキューセットと材料を受け取った。7人前にしてはかなり多いそれを台に並べるだけでも壮観であり、少年少女達は大きく歓声を上げた。
「海の家太っ腹!!これならテル入れても余裕でしょ、良かったわね」 「あっ、ああ……僕が混ざってもいいの?」 「イイんじゃない?」
元々社交的な性格だったテルは、この異色のメンツにすっかり馴染んでいた。とはいえ自然に数に含まれていたことにやや照れたのか、派手な格好には不釣合いな顔ではにかんで笑っている。 グリルパーティなら任せろとばかりのアカリが火回りを仕切り、炭の様子を見るのは律、調理担当は生徒会2人、飲み物を作るのはテルとモブに割り当てられた。纏まりのない集まりだが、割と協調性はあるようだ。
「こう見えて一人暮らしだから料理は得意だよ、調理しようか?」 「いや、あんたは何となく調理場に入れたくないのよね……イメージ的に……」 「確かに……」 「か、過去の過ちじゃないか!」
調理実習室での一件を思い起こさせるように、神妙な顔になるモブとアカリに何のことだと他メンバーは首を傾げた。 ところで海に来た顔ぶれの中で特に役割を分配されてない者がいる。運転手役としてここに皆を連れてきた霊幻の姿が見えないな、とモブは辺りを見回した。
「アカリ、師匠は?」 「オッサンならはしゃぎすぎて腰痛めてるからあそこで待機よ」
浜辺の一角でビーチチェアが並ぶ中、またアルミ缶を傾けている男が一人いる。実に美味そうにビールを飲む霊幻を見て、あの人本当に海に来てからずっと飲んでるな……と中学生一同は大人への失望をそっと胸に秘めた。
バーベキューの魅力は何と言っても調理が簡単なことだ。既に下ごしらえされた牛もも肉、豚スペアリブ、鶏もも肉にラムチョップ。野菜は玉ねぎににんじん、ピーマンになすにかぼちゃ。それぞれ好みで鉄串に刺し、ソーセージやエビはそのまま熱した金網に乗せる。 じゅうっと香ばしい音! 時間のかかる野菜は先に端で焼きながら、焦げ目のついた肉から順番にどんどんと紙皿に乗せられていった。
「さー食え食えどんどん食えー!あっそれ私の串だから手ェ出すンじゃないわよ!!ソースはそっちのバーベキューソースとレモンとケチャップねっ」 「徳川、それ何してるんだい」 「握り飯を焼こうかと」 「徳川お前は天才かァーーー!!!もっと作って私のも!!」 「あ、僕達も食べたいです」 「僕も食べたいな」 「んじゃ俺も〜〜」 「作ってやるからさっさと食え、焦げる!」 肉の焼けるいい匂いにつられて霊幻もやっと席につき、特に手伝う様子もないまま食べ物を所望するのはさすがである。 醤油の塗られた焼きとうもろこしに、ホクホクのじゃがバター、魚介は特に焼いただけでも絶品だったが、この日たくさんの料理の中で最も皆の心を掴んだのは徳川の焼きおにぎりであった。
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薄暗くなり始めたビーチサイドからは、家族連れやカップルの明るくはしゃいだ声はなりを潜めている。 食欲旺盛な男子諸君より少し早く満腹になったアカリは、少しでも海を楽しんでおこうと海に足をつけていた。寄せては返す波を受けながら、ほんの少しだけ寂しそうに肩を落とした。 やがて浜辺にも夜が来る。 そして一日の終わりのように、楽しい時間にも終わりが来るものだ。
「アカリ、もういいの?」 「……うーん!お腹いっぱい!」
馴染みの声に振り向かないまま答えて、アカリは地平線の向こう側を見ている。隣に並ぶモブよりは、少しだけ高い背。 この少女が寂しそうにすると、小さく見えてしまうのは一体何故なんだろうか。 「ずっと一日終わんなきゃいいのになあ、なんで楽しいのって終わっちゃうのかしら?」 「明日もっと楽しいことするためだよ」
真っ黒の目がきょとんと振り返ったので、何だかモブは恥ずかしくなってしまった。頬を掻いたあとに右手を小さく浮かせたら、夕闇に紛れて左手が躊躇いがちに繋がれる。 賑やかな声が遠い。 沈んでいく夕陽を眺めて、ゆっくりモブの顔を覗きこんだアカリは、とたん寂寥も吹っ飛ばして悪戯っぽく笑った。
「おりゃーー!!」 「うわッ!!」
乾いた服も水着も海の中。 一緒にびしょ濡れになったお互いを見て、少年と少女はひっくり返って大笑いした。水をひっかけあって、鼻に入った海水に咳き込んで、髪の毛を絞って。
「楽しかったぁー!」 「うん」 「また来よーね!次も福引で私が引き当ててあげるからさっ」 「当たらなくても、連れてくるよ」
約束、と温い水面下で小指を繋いだ。熱に浮かされて溶けてしまいそうな淡い淡い約束は、海だけが知っている。 夏の西日は驚くほど眩しい。 やがて離れた場所から声を掛けられるまで、二人は時間を忘れたように、ずっと海を見て動かなかった。
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「おいそこのバカップル!!帰んぞ〜〜!!ったく青春してんじゃねえよ……俺は仲のいいカップルを見るとムカつくんだ」 「霊幻さん、飲酒運転はさすがに黙認しかねますが」 「フッ甘いな。俺はここに来てからノンアルコールビールしか飲んでねえ」 「うわっホントだこれ全部ドライゼロだ!」 「意外と法律は遵守するほうだたんですね」
走ってくる2人は、車の中で全員の気分が晴れるまでからかわれることになることなど露知らず。 とはいえ、奇妙なメンバーで行われた海水浴の旅も順風満帆、午後8時過ぎに幕を下ろしたのだった。
GO!GO!サマー!!!
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