炎天下である。
 少し泳ぎ疲れたモブは、いちご味のかき氷を片手に、パラソルの下で一休みしていた。
 霊幻は海の家で購入した焼き鳥をつまみにビールを飲んでいる。神室と徳川は潜っては顔を出して底からなにかを拾う遊びを繰り返し、アカリと律は広範囲をあちこち泳ぎ回っている。
 揺れる水面は太陽を反射してきらきらと輝き、打ち寄せて返す波の音は穏やかだ。モブはただその光に目を細め、きめ細やかな砂浜に焼かれるのを楽しんでいた。
 海はただそこに居るのも心地いいものだ。

「いやー、海は良いもんだなァ。ここなら下着同然の女がタダで楽しめるんだぜ」
「や、やめてくださいよ」
「あ〜ビールうめえ〜〜」

 爽やかな海も俗っぽい視点から見ればそうなってしまうのか。別に誰に怒られるでもないが、少年は何となく目線を人ごみから逸らす。
 するとモブは突然パラソルの下から立ち上がり、ざんざんと早足で砂浜を歩いて行く。怪訝そうにその後姿を目で追い、霊幻はああと納得したように頷いた。

 視線の先ではサーフボードを片手にした少年が、渡辺アカリに声をかけていた。


▲▼


「やあお嬢さん、その水着とてもよく似合ってるね」
「アアーン?ナンパならお断りよっ、まあ私をナンパしたい気持ちは多いに分かるけどね!」

 日差しを手で遮っても、太陽を背にしたその男の姿はよく見えない。目を細めながらにべもなく断れば、何故かそのまま顔を近づけてくる。
 慌ててのけ反ろうとした瞬間、少年がぐいっと割りいって2人の位置を変えた。アカリとモブは目を見開いて呆ける。

「あ、あんた……」
「やあ、元気かい?」

 爽やかに手を上げて笑顔であいさつをしたその予想だにしていなかった人物の登場に、二人は口を大きく開けて驚くしかなかった。
 なんとそれは少し前モブやアカリと超能力対決をした黒酢中学校裏番(今は「元」と言うべきだろうか)のテルこと、花沢輝気その人である。

「なァーによどこのチャラいサーファー気取りかと思ったら花沢かよ!なに?一人なの?」
「サーフィンできるんだ」

 案外と気安い雰囲気である。
 想像よりあっさり受け入れる二人の態度にテルは肩透かしを食らいながらも、咳払いをして太陽に顔を向けた。

「まあね。海に来るのは元々好きだったんだけど……いつのまにか忘れてしまってたんだな、自分が何が好きだったとかすら」
「ねえモブそれ何味?ひとくちチョーダイ」
「僕は思ったんだ。ゆっくりでもいい、取り戻していきたいって」
「全然ひとくちじゃない」
「何よケチくさいわね」
「僕が心から信頼して一緒にいたいと思う人を作りた―――なあ今の聞いてた!?」
「きーてたきーてた。要するに海で一人寂しいんでしょ?しょうがないから混ぜてあげるわよ」

 自分なりに深く考えた結果を離したつもりだったのだが、テルはあっさりとかき氷に負けてしまったことに少なからずショックを受ける。しかし混ぜるとは何だろうか、とテルと一緒にモブまで首を傾げている。
 いつの間にかかき氷の器を強奪していたアカリは、ニイッと唇を吊り上げ、非常に悪い顔で笑った。
 
「だらしない大人に奇襲をしかけるのよ」


▲▼


 ところ戻ってパラソル。
 霊幻は先ほどと変わらず食べ物を片手に酒を煽っている。というか、彼は海に来てからまだそれしかやっていない。
 飲んでいた缶ビールを最後の一滴までしっかりと傾けて絞り出し、クーラーボックスからもう一本取り出そうとした手が空ぶった。

「あ?」

 おかしいな、まだあったはずだが。
 ふと顔を上げてパラソルの後ろを見ると、少し離れた場所で手をかざすアカリと目があった。しまったという顔をするアカリの腕に収まったビールを見て、霊幻はすぐにその意図を悟って眉を吊り上げた。
 立ち上がってからのスタートダッシュはなかなかの速さである。

「クォラァアアアアカリてめーーーーッこのガキャあ!!!」
「キャーハハハハハ!!ばれたばれた!へいモブパース!!」
「うわっ!は、花沢くんっ」
「オーライオーライ」

 超能力者3人の絶妙なコンビネーションに翻弄されつつ、霊幻は確実に青い海へと誘導されていく。海の中にまで逃げたビールと子供3人をギラッと睨んで追いかけ、足が水際についたと気付いた瞬間。
 打ち付ける強めの横波。
 力士の張り手のように霊幻に叩きつけられた波は、そのまま彼の体をさらってまた海へと戻っていく。

「ぶふぁっはははは!!!あーーっははっはははは!!ゲホッゲホッアハハッ!!」
「アカリぶっフフ、笑いすぎだって……っ」
「いやだってあんた今のあっは、ギャッ ギャアアアアアッ!!!」

 大爆笑から突然悲鳴に変わったかと思えば、アカリの体はいつのまにか宙に舞い、ついで白波を上げて水面に叩きつけられる。
 何が起こったのか一瞬理解できなかった男子2人は、海から海坊主のように頭を出した痛んだ金髪に恐怖してのけ反った。
 目が据わっている。

「フハハハハハ!!!バカめ!!貴様らなんぞがこの霊幻新隆からスーパードライを奪おうなどと!ゲホッ鼻いてえ!」

 逃げようとするモブとテルを両手でそれぞれ捕まえ、再び人が海を舞う。
 賑やかさに釣られて何となく泳いできた律は、高笑いを続ける霊幻と目が合い、まずいと思った時には投げられていた。

「何で!?」
「ぶはーーーッ!!あっははーーあはははは!!!もう一回やってーーー!!!」
「うるせーーークソガキ共がっ!!」


▲▼


 はしゃいだ笑い声に水の音。
 遠目から見ても分かるその激しいじゃれ合いに徳川は溜息をつき、神室は肩をすくめた。

「やれやれ、子供は無邪気で元気だね。渡辺くんも」
「……お前もな」
「へ?」

 久々に学校からも家庭からも身を離し、夢中で海遊びに興じていた生徒会長はすっかり顔にゴーグル焼けをしていたが、結局この後それをアカリに指をさされて笑われるまで気付かずにいたのだった。


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