▼パピコ
「あっつィ〜〜〜〜い!!」 「暑苦しい」 「あんたの髪が?」
いつもどおり軽口を言い合いながらの下校は、猛暑と太陽の照りつけによって勢いが失われている。肌に張り付く制服の感触さえ不愉快で、アカリがパタパタとスカートを揺らすたびにモブは迷うようにちらりと視線を外した。 ジュワジュワと蝉の缶詰を開けたような午後は、全くもって影も見当たらず。自然の脅威には超能力者が二人揃ったところで形無しなのだ。
「氷水に全身突っ込みたい……」 「お腹壊すよ」 「お腹も冷やしたいよ〜〜!!あっ、モブ見てアイスアイス!」
駄菓子屋の軒先にあるアイスボックスを見てアカリは途端に目を輝かせる。強引に腕を引っ張るのにいつもは抵抗するモブだったが、暑さから逃れたいという気持ちが彼を日陰とアイスボックスへと足を進めさせた。 奥に座っている老婆も暑そうに団扇でささやかな風を浴びている。少年は小さく会釈をしながら、抜群に涼しいアイスの海に浸る少女の背中を軽く叩いた。 顔を上げた前髪には小さな氷がついている。
「ん〜〜〜やっぱちゅーちゅーちゅぶりらしないと夏始まらないっしょ」 「パピコ?」
頬にぴたっと当てられたアイスの冷たさとアカリの笑顔の眩しさに一瞬クラリとする。夏の日差しにやられたのだろうか、と思いながらアイスを買ってきたアカリの手に50円玉を乗せた。 パキン、と爽やかな音。 蓋をとって口を付けたら、チョココーヒーのほろ苦いまろやかな味がして、日に透ける氷のキラキラを眺めていたら、ゆっくりと冷たさが喉を伝った。
「「あーー」」
美味しい!と二人で声を揃えた真夏日の帰り道。気温は37.5度だった。
▼スイカ
「夏だ!海だ!」 「スイカだーーーっ!キャーーーッ!!」 「………」
先に注釈しておくが、ここは海ではない。嫌というほど見慣れた事務所の中であり、いつもと違う所といえばテーブルに置かれた見事な夏の風物詩。テンションの上がりきったアカリと霊幻は拍手をしてスイカを歓迎している。 世間は夏休み。 子供達にとモブの祖母であるトメが家に大玉を2つも送ってきたので、処理に困った母が「一ついつもお世話になっている霊幻さんに」と長男に持たせたのだった。
「目隠しと棒どこ?!」 「馬鹿お前、ここ何階だと思ってんだ?下から苦情が来たらやべぇぞ。ただでさえ霊能力者だって嫌がられてんのに」 「スイカを割らずしてどうやって食べるの!やだーースイカ割りーーーー!!」 「アカリもういい、俺だってやりたいんだ!」 「僕が割ろうか?」 「私も割りたいの!」
ああでもないこうでもないと言い合いながら、結局はアカリが「絶対に焼かないこと」を条件に包丁で切ることになった。いそいそと台所へ消える後ろ姿を見送り、窓からの微風がついに消えたのを境に、霊幻が今年初めてエアコンを付けた。 モブがついで立ちあがって窓を閉めると、蝉の声はガラスを隔てて遠くなる。やがて、不揃いの皿に大量のスイカがフラフラと応接室に戻ってきた。
「お、まち、ど〜〜〜、モブ!モブ半分持ってよ!」 「はいはい」 「うっ、全部持っていかれたらそれはそれでなんか悔しい」 「わがまま」 「ていうかお前全部切ったのかよ、3人だぜ」 「大丈夫!半分は私のだから」
眩しいピースサインに男二人が呆れたような溜息をつく。安っぽい革張りのソファーは所々ほつれて糸が見えており、それを隠すようにクッションを置かれていた。 効きの悪いエアコンではまだ部屋は蒸し暑いままで、ほんのりと冷たいスイカのてっぺんを齧れば、口の中でシャクッと果汁がほどけた。 「!」 「……甘っ!!」 「うまーーい!!」
はしゃぐ明るい声につられ、知らず知らずモブの口角も上がった。外は相変わらずアスファルトからの熱気で蜃気楼が出ている。 あの中にいたらさぞ暑いんだろう。ぼうっと外を見る少年に、少女は「全部食べてやる」と悪戯っぽく笑って見せたので、慌てて再びスイカに噛り付いたのだった。
------------- 夏でした
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