太陽は真上で悠々と鎮座している。 少女が近くに住んでいた時の家とは、随分様相が変わっていた。親の転勤で引っ越したと言っていたが、昇進か何かがあったのかもしれない。 インターホンを鳴らしてみるも応答はない。少々気が引けたが、超能力で鍵を開けて中に彼女を運んでいった。カーペットやソファーシーツの整えられたリビングを抜けて、階段を登って一番手前のドアがアカリの部屋だ。
(………広い)
アカリが、朝電話してきた理由が分かった気がした。本人が口にすることは無いが、自宅にあまり帰りたがらず、事務所に居座る時間が長いのも所為だろう。 この家は広すぎる。 きっとここで一人じっと寝ているのに耐えられなくなって、アカリは制服を着て家を飛び出したのだ。布団に少女の体を横たえながら、そんなことを考えた。
看病にそれほど詳しくはないので、アカリが自分にしてくれたことを必死で思い出しながら用意した。冷却シート、薬、濡らしたタオル、あと何が必要だろうか。頭が混乱する。 超能力なんてあっても、アカリを楽にしてあげることもできない。 己の情けなさに膝の上で固く手を握り、表情を歪める少女の汗をタオルで拭う。幸い超能力で庇っていたのか、傷はそれほどない。いくつか打ち身があるかもしれない。その治療法も分からなかった。
(何にもできない)
ピク、と少女の手が震える。苦しそうな呼吸を繰り返しながら、喘ぎ喘ぎ何かを求めるように手を動かしている。それは、赤子が母親を求める仕草に似ていた。 無意識に息を殺した。
「………ぉ……かぁ、さ……………」
消え入りそうな声に、胸が潰れそうになった。 薄く開いた睫毛は濡れていて、瞬きをするうちに頬へ流れていきそうだった。細く寄せられた眉が、あまりにも悲しそうで、喉が詰まる。苦しみを取り除いてあげることも、痛みを和らげてあげることもできない、僕は。 せめて寂しくないように、してあげられるだろうか。
日が少し傾いて、部屋の中に燦々と差し込んでくるようになった。風は停滞している。体を動かさないまま窓を開けて、カーテンを閉めた。 街はまだ平日の昼間のたたずまいをしている。小さな子供の声と、うっすらと生温い色が吹き込んでくる。しっかりと繋いだ手はそのまま、汗ばんだ額から前髪をよけてやったら、少し穏やかな表情のアカリがいる。 安心しているのは少女ではなく、間違いなく自分だった。
「お粥、作れないよ」
お前みたいにできない。 自分より身長の高いはずなのに、どうしてか比べると掌は小さい。ひとつ肌を撫でるごとに、夕暮れの中泣いている少女と重なっていく。生きてきた中で味わった最も深い安らぎを、与えられたらいいのにと思うのに。 理想とは遥か遠いぎこちない動きで、髪を後ろによけるように梳いた。撫でるとも言い難い、触れるだけの行為。遅くなってごめんも、この前はありがとうも、色々な気持ちを込めた。何度も繰り返し、繰り返し、いつものように花が咲くように。
「はやく元気になれ」
その花がないと、生きていけないのも自分なのだ。
互い違いダーリン
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