▼3


 正気づいてから、由良はしばらく呆然としていた。
 全身が火照っている。手足を投げ出して、冷めきっていない熱を持て余し、数分ほどぼんやりしていた。

(俺っ……俺は……――そうだ、あの男のせいで! いつから気失って……)

 前後不覚に陥った頃合いも、気絶した頃合いすらも判らない。
 由良は混乱の中、何の気なしに四肢をもぞつかせた。
 てっきりまた枷に遮られてつんのめると思っていたのに、あにはからんや、両腕は至って自然に持ち上がった。

「……あれ?」

 行動に移してみて初めて、制限が解かれていると知る。慌てて両脚でも試してみると、こちらも当然のように膝を立てられた。
 弾かれたように身体を起こす。肢体にはまだ性的な熱が残っていたが、構っていられない。

「んっ……はぁっ、はぁっ……」

 空気が肌を掠めるだけでも甘い声が鼻から抜ける。
 思い切り顰め面をしながら、由良は恐る恐る目隠しをほどいた。
 室内は薄暗い。ずっと視界を奪われていた由良でも、その光源の落差に目が眩むことがなかったほどに。
 見渡してみても窓ひとつない、四方を灰色の壁に囲われた手狭な部屋だった。粟立つ肌の感触に耐えながら見上げると、天井には蛍光灯がひとつだけ設置されている。
 由良が寝かされていたベッド以外の調度品は、枕許のちいさなチェストだけ。その上に載っている球体に、由良は眉を顰めた。
 くすんだ白色をしたそれは、ぱっと見小振りの加湿器に見える。今はスイッチがオフになっているらしく、煙は上っていない。
 よもやそれから催淫剤がばら撒かれていたと知る由もない由良は、すぐにその日用品への興味を失った。
 それより、喉が渇いた。さすがに加湿器――らしきもの――に入っている水を飲む気にはならない。脱出を試みる前に、この渇きを癒やしたい。
 上体を起こして見据えた正面の壁に、トイレか風呂場かに続いていそうなドアがあった。そこへ向かおうとした直後、

「……由良君。おはよう」

 右手の壁のドアから、男がひとり。
 たちまち身を竦ませた由良は、目を見開いたまま小刻みに震える。

「……ぁっ、」

 この狂った男のせいで、自分は途方もない窮地に立たされている。
 男を押し退けて逃亡する絶好の機会だと頭では判っていながら、手足は強張って言うことを聞かない。ただ男がゆっくりこちらへ歩み寄るのを、食い入るように凝視するしかできない。
 男がベッドのすぐ脇までやって来てようやく、開きっぱなしだったドアが閉まった。

「――!」

 室外からの逆光でよく見えなかった男の顔が、やっと窺えた。
 監禁犯の正体を知り、由良は恐怖で顔を歪ませる。

「ぁ……は、早瀬ッ……な、なん、……なんで……」

 名を言い当てられ、男は――早瀬は嬉しそうにはにかんだ。
 それは大学時代の同級生だった。
 就職した会社は違えど、今でもたまに飲みへ行ったり、他愛のない雑談をラインでやり取りする仲だ。いや、そういう仲だった、と言うべきか。

「由良君ってば、ひどいなぁ。僕の声は聞き慣れている筈なのに、全然気付いてくれないんだもの」

 責めているより茶化しているような語調にも拘らず、由良は激しく首を左右に振る。

「それはっ……! まさかお前が、こんなことっ……こんなことするとは、考えてもいなかったから!」
「そうなんだ? 優しいな。由良君は僕のこと、頭がイッてる奴だなんて思ってなかったんだ。むしろ、友達だと思ってた?」

 問われ、何度も何度も頷く。
 早瀬はますます頬をゆるめ、ベッドに腰掛けた。途端、怯えた由良が急いで壁の端へ寄る。
 気にした素振りもなく、早瀬は悠々と開いた距離を詰め直した。
 自ら壁際へ追い込まれる状況を作ってしまったことに、由良が泣きそうな顔になる。

「ちっ……近付くな! やめろっ……お、お前とは、友人のままでいたい!」
「それは聞けないよ、由良君。いくら由良君の望みだとしても」

 うっとりと笑って、由良の身体をそっと腕に抱く。たちまち全身が硬直したのが判ったが、気にも留めずに抱き寄せた。
 と、そこでようやく、由良は己の身体を見下ろして瞠目した。

「なっ……お、俺素っ裸っ……」
「うん? ああ、今まで気付いていなかったんだ? そうだよ、僕が脱がせてあげたんだ」

 ひっ、と短く息を呑んだ。
 暴れてでも遠ざかりたいのに、やはり身体は縮こまったまま。
 それどころか他人の体温に触れ、飢えていた肉体がじわりじわりと再燃していく。由良の意思を置き去りにして。

「い、嫌だ早瀬っ……離せ、離せっ……!」
「んー。だめだよ由良君」

 痩躯を抱き留めてすぐ、まだ劣情が収まりきっていないと気付いた早瀬はほくそ笑んだ。
 加湿器は遠隔操作でとっくに止めてある。それなのに、触れ合った肌が熱い。
 先ほどは動揺して逃げ出してしまったが、今度こそ由良を名実ともに己のものにしなければ。
 慎重に生唾を呑むと、早瀬は由良の下肢へ右手を伸ばした。

「ぁアッ、アッ
 びくっびくぅっ

 半勃ち状態のペニスを握り込まれ、ひどく濡れた声が上がる。違法ドラッグの効果はやはり絶大らしい。
 慌てて口を両手で覆った由良は、己の口から溢れ出た鳴き声が信じられないとばかりに目を白黒させていた。
 今からおよそ七時間前に失神するまでの『躾』は、殆ど酩酊していて記憶に残っていないのだろう。
 クスリの余韻だけでも充分に欲情しており、そして今度は一回目と違い、理性も明瞭だ。
 壁に寄り掛かっているままの由良のチンポを、ゆるゆると扱いてやる。

「ぁはッ……あっ、ぁあんっ! っひぅッ……な、なんでっ……ぁっ! こんなっ アッ

 たったそれだけで由良は声を我慢できずに、切れ切れに喘いだ。
 どうしてただ性器を愛撫されているだけで、こんなに気持ちいいのか?
 女でもあるまいし、声が抑えきれないのか?
 惑乱しながらも肉欲に逆らえず、加速度的に熱が高まる。
 ぴくっぴくっと白い身体が仰け反り、せめてもの抵抗のように立てられていた膝は緩慢に脱力していく。

「ァっ……ハァッ ひんっ! やあっ……アッ、ァッ! だめッ……ァッだめぇっ
 くちゅっくちゅっくちゅくちゅっ

 力の抜けた両脚はだらんと広げられ、まるでもっとチンポを虐めてと言わんばかりの有様だった。
 先走りはとろとろとこぼれて早瀬の手を濡らす。
 触られてもいないのに、由良の乳首がじわじわと勃起して紅く染まるのがよく見える。

「――ッ」
「ぁひンッァんっ あんっァッアンッ! アーンっ
 ちゅうっちゅくっちゅううっ
 ぐちゅぐちゅぐちゅっ

 早瀬はがばりと覆い被さると、尖った乳首を目いっぱい吸い立てた。
 びくびくっ! と背を反らした由良は、少し掠れた甲高い声でもって望み通りに喘いでしまう。
 突起を強く吸い、舐めて、甘く歯を立てる。
 そのどれもがひどく気持ちよく、頭の芯がくらくらする。
 屹立は無自覚のうちに力のない射精を繰り返していた。それに由良も、早瀬すらも気付かないまま、がむしゃらにそそり勃ったチンポを扱いて淫乱な女のような乳首を可愛がる。

「ハッ……ハッ……」

 早瀬の獣じみた荒い呼吸が、由良の正気を狂わせていく。
 抱き合ったままのような体勢で施されているだけに、余計にその呼気が鮮明に耳について辛い。殆ど耳に吹き込まれているかのように聞こえるのだ。

(あっ……だめだ こんなっ……き、気持ちいい! おかしくっ……なる

 ぞくぞくとした快感が後から後から溢れてくる。
 クスリに侵されている自覚のない由良は、わけが判らないまま藻掻いた。
 このまま溺れてはいけない。
 もう後戻りできなくなる。
 そう、理性では判っているのに。

「ぁんっ……ぁんっアンッ アッ……あーーーンッ! ァんっ はぁんっアンッ」
 びゅくっびゅっびゅくびゅくっ
 
 無意識下で早瀬の手の中に射精する。
 連日ひどい残業続きだった由良は、元来恋人もいない。そして、自分で慰める暇すらろくになかった。
 溜まりに溜まっていた精液を惜しみなく吐き出し、舌を突き出しながら肉欲に耽る。
 いつしか由良は自ら早瀬の手に股ぐらを押し付け、もっともっとと腰をくねらせた。
 勃起した乳首を虐めてくれる唇を求め、胸に顔を埋める早瀬の頭を掻き抱く。
 イケばイッただけ歯止めが効かなくなるというドラッグの効能を知っている早瀬は、目を血走らせて鼻息荒く突起に噛み付いた。

「ぁはァンッ! ぁっ……ひン ひっ! ひぃッ……ぉンッ! んァッ、ァッ、アーーーーっ

 刺激が足りずに絶頂を見られなかった一度目の反動で、由良はイキっぱなしの状態だった。
 乳首とペニスを愛でられているだけとは思えぬほど、早瀬の腕の中で何度も達する。
 途中から由良が吐精していることに気付いた早瀬は、俄然張り切って由良を可愛がった。
 五指を絡めてペニスを扱き、乳首を交互に噛む。 腫れた亀頭を指の腹で擽り、乳輪を唾液でべとべとに舐め回す。

「はひッ! ィッ! ィひぃぃいンッ ッひぃっ……アッ! っほぉンッ ぁひゅっ……ァンッ

 涙も涎も鼻水も垂れ流している由良は、ぐちゃぐちゃな顔でイキ狂っている。
 時折白目すら剥き、『友人』である早瀬の手腕に溺れている。

 ――気が付くと、由良はぴくぴくと痙攣しながら気絶していた。
 はっと我に返った早瀬は、慌てて由良の上から退く。
 またやってしまった。
 二度目の今度こそ、抱こうと意気込んでいたくせに。

「ッ……由良君が、由良君がっ……かわいいのが悪いんだ」

 頬を染めながらぼそぼそと、誰にともなく言い訳をする。
 由良は早瀬の眼下で、ぴくっ、ぴくっ、と手足を震わせている。
 ぼわんと開けっぱなしの口からは唾液が漏れ、舌も脱力しきっている。
 そして、その匂いでもって感づいて見遣ると、失神しながらついでに失禁していた。
 厭うどころか心がときめき、とろけ歪んだ笑みがこぼれる。

「由良君、かわいいっ……かわいいよ……」

 たらたらと伝っていた尿がちょろっ、と出終えたのを見届けてから、汗やら淫液やらで汚れた身体を抱え上げる。
 躾部屋とひと続きの脱衣所を通り過ぎ、風呂場へ連れ込んで身綺麗に洗ってやる。当初はまだ勃っていたペニスが徐々に萎れていき、やがて平常時に戻っていくのを、息を荒らげて見守った。
 シーツを取り替えたベッドに、元通り横たえる。
 ただし今度は部屋に閉じ込めた時同様、しっかりと拘束した。目隠し代わりの黒い布も施した。
 手足の枷も黒いので、全裸を晒した痩躯に、無骨な拘束具がとてもよく映える。
 恍惚に微笑みひとしきりその痴態を撮影した早瀬は、やがて躾部屋を後にした。


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