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 『11月11日はポッキー&プリッツの日!』だそうだ。
 俺の目の前にある丸っこい字で刻まれたポップ文によれば。
 業務の合間の休憩時間を使い、約三時間遅れの昼食を買いに所内の売店まで足を運ぶと、その可愛らしいデザインが施された文章がお出迎えしてくれた。
 ――そういえば、去年もこんな謳い文句を見た気がする。
 確か、一体どんな日なのかと気になって、一旦売店を後にした後自室のパソコンで調べてみたら、恋人とイチャイチャする日とかいう解説を見て再び売店まで向かいかけたけど、その時は互いに仕事が忙しくて到底そんな甘い時間が取れやしないと、諦めたんじゃなかったか? 事実、それから一週間後くらいに漸く、晴とゆっくり会えたような。
 しかし、今年は幸い、俺は比較的時間にゆとりがある。晴の所属する掃討部も、先々週辺りから緊急を要する指令が出ていないから、毎日鍛錬で寧ろ暇だ、ストレス発散に暴れたいと、三日前にあいつからのメールで愚痴られた。
 ……今年は、誘ってみるか? 『恋人とイチャイチャする日』とやらに。
 俺の思惑を知った晴に爆笑されそうだけど、でも、俺だってたまには、あいつに甘えたい。
 ポッキーとプリッツが山と積まれたコーナーの正面で二十分程唸りながら、俺は決死の思いで、一箱だけポッキーを手に取った。
 俺が職場恋愛しているなどと知る由もない売店の店員には、怪訝そうながらも隠しきれない好奇心が顔一面に表れた――自分が鬼上司だと囁かれているのは知っている――接客をされたが。





 自室のドアをノックされ、俺はその音に慌てて立ち上がった。

「藍原指揮官。俺です」

 ドア越しに聞こえる声は、晴のものだ。だが、恐らく向こう側の近くに第三者が居るんだろう、仕事モードの時の声音だ。

「あ、ああ。今開ける」

 どきどきと心地良く高鳴る心音を抑えつけ、ソファーから立ち上がってそっちに近付く。
 一瞬躊躇いつつ、『今晩会えないか?』という文面を書き添えたメールを送信したところ、晴は二つ返事でオーケーしてくれた。
 それが、今から約二時間前の出来事。以降、食堂で夕飯を食べる時も、風呂に入っている時も、そわそわしっぱなし。
 意識し過ぎている自分が恥ずかしいとは思う。乙女思考にも程があるだろう、とも。
 でも、加速度的に増していく晴を想う気持ちは、止められそうにもない。
 深呼吸を一度した後、そろそろとドアノブを捻った。

「っ……一ノ瀬」

 珍しく柔らかく笑んだ表情を見ただけで、声が上擦った。
 ぎくしゃくとドアを開ききり、中へ入るよう促す。

「伊織」
「ぁ……ッ」

 恋人を迎え入れる為に開いていたドアを晴が後ろ手に閉めた直後、名前を呼ばれつつ、背後から抱き締められた。
 胴に絡まる長い腕はまだ制服を纏っている。「ぴっちりした身頃が鬱陶しい」と言って、元々だらしなく着崩しているにも拘わらずそれでも尚制服を邪険にしている晴は、てっきり一度私服に着替えてから俺の部屋まで来ると、思っていたのに。
 ――全く、こいつは狡い。
 そんなに早く俺に会いたかったのかと、自惚れてしまうじゃないか。


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