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「美味しいですか?」

 問うと、はにかんだような笑顔が答えとして返ってきた。

「ん。美味い」
「それは幸いでした」

 品良く切り分けた苺のショートケーキをぱくぱく頬張る姿は、愛らしいと言うより凛々しいタイプでいらっしゃる旦那様に用いるべき形容詞でないのを理解した上で、やはり可愛いと思ってしまう。
 これこそ惚れた弱みというやつだろう。
 窓辺のこのテーブルに腰掛けている旦那様へと差し掛かる温かな日差し。艶っぽくきらきらと輝く黒髪がお綺麗だ、と素直に思う。
 まあ私の場合、旦那様に骨抜きというのを差し引いても、少々度が過ぎている自覚はあるが。なまじ昔からお仕えしているだけに、どうにも贔屓目が混ざってしまう。

「お前も食べるか?」

 その横顔を見るともなしに眺めていると、旦那様のお傍で直立不動していた私に気を遣って、旦那様がそう訊ねて下さった。
 しかし、元来それほど甘いものが得意ではない私に、選択肢は一つしかない。
 それでもこうして、旦那様の為に買い求めたおやつを召し上がる最中、私にも促された場合は、主従関係を一旦脇に置いて、大抵首肯するのが常だった。
 遠宮の直系が旦那様お一人になられた――先代と奥様が事故で亡くなられた――直後、旦那様がクッションを抱き抱えながらぽつりと漏らした言葉を、私は未だに覚えている。
『ひとりでごはんたべても、おいしくない』
 それまでは主人と使用人が食事を共にするなど、有り得なかった。
 しかしやっと小学校に入ったばかりだった旦那様にその線引きを適用すると、必然的に旦那様は、遠い将来夫人をお迎えになるまで毎日毎食、給仕役の使用人に囲まれた中、ぽつりと孤独な食事を重ねねばならなくなる。
 旦那様のその呟きを当時の家令――即ち私の父――に報告すると、時々は我々も旦那様と食卓を囲む日を設けよう、という事になった。
 代々家令の任を仰せつかっている大野家同様、社交界シーズンに於ける臨時バイト等を除けば、旦那様と先祖ぐるみの付き合いだった同僚らも概ね同意してくれた為、社交界でも珍しいこの食卓風景は、旦那様がとっくに成人を迎えた今でも続いている。
 そんな訳で、主に乞われれば、私も共にティータイムを送る事自体は吝かではない。
 ――しかし、今日私が買ってきたケーキは、甘い事で有名らしいのだ。



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