耽溺LOVER


 何度俺のデスクを昼寝に使うなと注意すれば、本来頭が良いのに余計な仕事を回されたくなくていつも手を抜く馬鹿に伝わるのか。
 会議から戻っていざ溜まっている指示出しに取り掛かろうとドアを開くとこれだ。四日前にもこうして、晴は俺の執務室に押し掛けていた。付き合い始めた当初から数えると軽く百回は越すだろう。その度に「せめて仕事中くらいは真面目に勤務に当たれ」と言っているのに、聞き入れてくれはしない。
 手にした分厚いファイルで肩を叩きながら、正面の机に近付く。寝息が聞こえてくる近さまで接近すると、すやすやと眠りこける晴を怒鳴り付けて起こす事に罪悪感を感じてしまう。俺、被害者なのに。

 晴は、クリーム色のカーテン越しに差し込む光に照らされているというドラマのワンシーンかよと突っ込みたくなるくらいの出来過ぎたシチュエーションの中、組んだ両腕の隙間に頭を伏せ、呼吸しやすい様に顔を横向けて――その横顔に暫し見入ってしまっていた事に慌てて首を振る。
 駄目だ。プライベートでは確かに俺と晴は恋人で、つまり対等な関係だけど、職場では上司と部下。ちゃんと教育しないと藍原指揮官としての面目は丸潰れだ。公私混同はしないって、交際の約束をした時にもきちんと彼に言い含めたんだ。

「一ノ瀬」

 勤務中にだけしか使わない呼び方で晴を呼ぶ。
 ゆっくり十秒数えて待ったけど、規則正しく肩を上下させるだけで、勿論反応は無い。
 寝起き悪すぎだ、馬鹿。
 毒つきながら実力行使に出る。俺は肩を掴んで結構激しく揺さぶった。

「一ノ瀬、起きろ!」
「……、ん……」

 吐息混じりの微かな呻き声に、すっかり晴に絆された身体はぴくりと震え律儀に応じた。身じろぎした晴はそのまま目覚めるかと思ったが、背凭れに上背を預けたきりで終わった。
 首を仰け反る体勢になり、勝手に俺の眼は晴の喉仏に絞られる。そこまで極端に目立つ事はないそれは、でも今ばかりは見せ付けてるも同然だ。喉仏なんざなんて事はない筈なのに、晴が無意識にこくりと唾液を呑み込むと当たり前だけど一緒になって動いて、いやらしい。
 それに、さっき漏れた掠れた声がエロイなんて思っちゃ駄目だ。長くはないけど綺麗に整った睫毛も、余分な肉のない頬も、前髪が乱れて少し額が露になった事でいつもより幼い印象を受けたり、その細めのやけに赤い唇が俺のアレをしゃぶったりアソコを舌で弾いたり甘噛みしたりあんなトコを舐めてふやかしたり――

「……伊織」
「ッ!」

 咄嗟にその場から一歩引く。
 ぼやけた晴の視線が緩やかに俺を捉え、す、と口の端が持ち上がった。

「……なんだ。欲情したんですか、藍原指揮官?」

 嗜虐の色を滲ませる声と口元が気に食わない。
 俺は敢えて黙秘した。今度は晴が不機嫌になる番で、見惚れていた気まずさに視線を逸らした俺の不意を突き無造作にそっちへ引き摺られる。
 足場を崩された事にびっくりして晴の頭に両手を乗せた時には、俺はちょこんと晴の膝の上に腰掛ける格好となっていた。
 無言で睨み付ける。一切意にも介さず晴はちょいと肩を竦めた。

「……欲情、した」
「素直でよろしい」

 悔しくて無愛想にそう言い捨てると、晴は喉奥で笑いやがった。
 片頬を思い切り引っ張ってやる。

「痛ッ!……痛えっふーの」
「はッ。俺は頑張って仕事してるんだよ。なのに自分だけ昼寝なんかに耽って」
「ふぉれなりのいきにゅきなんだよ……つかまじでやめほ」
「……なあ。これちょっと面白い」
「地味過ぎんだろ、この嫌がらせ」

 晴が顰め面をしたので、大人しく悪戯は止める。赤くなったところをぶつくさ言いながら摩ってたから笑ってやった。

「あーくそ。仕事行きゃ良いんだろーが、指揮官サマ」
「……ん」

 上司として、そこは頷いておいた。
 ……でも、なんだろ。柄にもないけど、無性に甘えたい気分。

「ほら退け。これっぽっちも気乗りしねえけど、無駄にお前の機嫌を損ねて喜ぶ程サドじゃねえし」
「……晴」
「なんだ?」

 二人きりでかつ人目も無い時限定の名前で呼ぶ。ほんの少しだけ、多分俺とお前にしか判らないくらい、晴の声音が和らいだ。

「……晴、キス」
「はいはい」

 顔を上げてられなくて俯いたまま呟いた俺の我が儘に、仕方ねえなって感じで晴は相槌を返したけど、唇を触れ合わせるだけのキスん時、お前も嬉しそうにしてたくせに。




Fin.



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