砂糖菓子


 くちゅり、と密かな水音が跳ねては静寂に消える。
 背後でゆっくりと繰り返される恋人の寝息をBGMに、自慰の手を早めた。

「ンっ…んふ、ぅ、んん…っ」

 左手で口元を押さえ、右手をスラックスの中に突っ込んでいる。直に触れ始めると収まりが効かなくなりそうで、下着の上から慰めるに留めていた。
 そのもどかしさすら、元々快楽に対して過敏な身体は、興奮に変換させてしまう。

「ぁ、んっ…ぃ、イイ…ッふ、は、るぅ…」

 眼を閉じて自慰に没頭しているから、ソノ気になった当初から俺の淫らな自身を虐めるのは晴の手だ。
 いつだって、手酷く俺を甚振りながらも、最後は甘美な甘い蜜をくれる手。

くちゃ、っちゅ、ぬち、
ぬちゅっ、ちゅくっちゅく、

 ああ、ああ、気持ちいい。
 生理的に浮かぶ涙で視界がぼやける。おまけに口を塞いでいる所為で生じる息苦しさが余計自我を朧げにする。
 ああもう、気持ちいいよ、晴……!

『先端好きだもんな、インランな伊織は?』
「ぁあっ…ッん、好きぃ…っ」

 赤い顔を出す先っぽをくるくる指先で捏ねて、

『こんな風にぎゅってされても感じるのか?』
「あっ、あっ、かん…っ感じ、るぅう…ッ」

 竿を痛くない程度にきつく握ってぎゅっぎゅと手の平を開いたり閉じたりして、

「エッロイ声で恋人の隣で鳴きまくって、ほんとのほんとに淫乱だな」
「はぁん…ッん、んっ…ッんら、ん…なのぉ…ッ! 淫乱な、伊織を…」

 もっと、

「変態の恋人も変態、ってか」

 もっと、虐め、……て……?

「晴っ、ッぁん!?」
「最近仕事疲れで毎日ぐったりしてるみたいだから手え出さずにいたのに、思いっ切り一人で盛って…ったく」
「はっ、はは…っ晴…ッ!」

 前へと回った手が、ぐちょぐちょの射精直前の自身を掴んでいる。
 嘘。いつから、気付いていたんだ。
 全然、微塵も、気付かなかった。

「ベッドもがたがた揺らして、ぐっちゃぐっちゃ音立てて、堪えもせずに喘いで……そんなに俺を誘いたかったのか? ん?」
「ちっ……違ッ……」
「違わないだろ」
「ぁっ……!」

 がりっと耳朶を甘く噛まれた。痛みに身を竦めるが、次いで優しくその箇所を舐められて力が抜ける。
 自慰の現場を押さえられて、恥ずかしい声を沢山聞かれて、何より、

「おい。お前のチンポすげえびくついてますけど、伊織サン?」
「あっ…言う、な…!」

 望んだ形ではないとはいえ、好きな人に急所を捉えられて感じてしまう。
 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!
 どうしようもなく、変態、だ。







「ぁあっ…っもち、ぃ…ッと、もっとぉ…ッ晴!」
「はっ…あんま、煽るな。優しく出来なくなる」
「いいっ…酷くッ、してくれて良いっ…からぁ…!」

 俺の身体を気遣ってゆったりとしか抜き差ししてくれないのが焦れったくて焦れったくて、がんがん腰を振って催促した。
 照明の落ちた室内は薄暗く、闇夜に慣れた眼でも何となくしか晴の姿が見えない。ただ、時折散る恋人の汗だけはやたら鮮明で、何故かそれを嬉しく思った。
 俺の両足を持ち上げ自分の肩に引っ掛けた晴はつと両目を眇め、漸く本格的に揺さぶってくれる。

「はぁあっ…ッん、もっとぉ…っぁ、はるっ、」
「ッくぅ…」

 早く、早く、早く。
 奥まで貫いてよ、がつんって沢山突いてよ。
 もっと晴を感じたいのに……!

ぶちゅっぬちゃっぬちっ、

「ぁああ…ッ晴、んんっ…っと速く…ぃっぱ、ぉくっにぃッぁ、キて…ッ」
「はぁっ…お前、今日はほんと、随分積極的だな」
「あっ、あっ、くじょ…ッが、ぁっン…たまにはッ、素直にぃっァ、ならっ…ぃと、愛想っ…尽かされるってぇッゆった、から…!」
「はぁ…ッ?」

 それでなくとも、此処二週間は触れてくれなかった。
 理由がまさか俺の事を優先してくれた結果だとは思いもしなかったから、俺はもしかしたら、本当に晴は俺に興味を失くしたのかと思って――

「…はぁ」
「っ…晴、嫌…だった…?」

 唐突に、晴が律動を止めた。
 本気で気怠そうに吐いた溜め息が怖くて、柄にもなく不安げな声が漏れる。
 俺の足を担いだまま項垂れる晴は、しかし俺の質問にゆるゆると首を左右に振った。

「どんだけ馬鹿なんだよ、お前」
「ばっ…馬鹿って…! 俺は真面目に不安になって…!」
「だ、か、ら、」

 呆れた様に、晴は俺の両足をシーツの上へ置いた。
 その扱いが酷く優しくて……現在進行形でその何倍もスゴイ事をしているのに、その処女相手みたいなエスコートが、妙に気恥ずかしい。
 赤くなった頬を誤魔化そうと思わず顔を背けると、その頭ごと無理矢理晴のほうへ向けられた。

「ッ、何し――」

 至近距離に、恋人の至極真面目な眼がある。
 普段ちゃらちゃらしているだけにその視線を格好良いと思ってしまう俺は、阿呆だ。

「なあ、伊織」
「な、に…?」

 吐息が瞼に掛かり、反射的に眼を暝った。

「俺がどれ程お前しか見えてないか、知らないだろ」
「…は…?」
「もういい。朝までその身体に教え込んでやる」
「あっ…、」

 驚きに眼を開くと、さっきまでの惚れ直しそうな表情は無く、代わりににやにや笑い。

「朝まで!? 待っ…俺は今日も通常通り仕事――」
「知るか。気持ち良く爆睡してたのにエロイ鳴き声で睡眠妨害して来たのは誰だ?」
「そ、れは…っ生理現象で、仕方なく…ッひ、ぁぅんっ!」
「『もっと、奥まで』――だろ?」





 明け方漸く解放されて二時間程寝たものの、その日は丸一日欠伸ばかりしていた。
 睡眠不足が祟って仕事のミスは出るわ上司には怒られるわで、その後晴とは三日間口を利いてやらなかった。

 晴の前でだけはオナニーに浸るのは止めようと決めた。




Fin.



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