嘘をついてもいい日の話

※エンディング後捏造





 神の座で神の瞳を倒してから、何ヶ月か経った。神の座が崩壊した後、俺とレフィ以外のメイガスの面々は、学園に戻り、平和な日々を過ごしているらしい。イナルナは父の跡を継ぎ即位したと噂で聞いた。お嬢様も、仲間たちと元気に過ごしていることだろう。ーー彼らは、欠けた俺たちのことを、時折思い出したりするのだろうか。
 俺とレフィは神の座から脱出後、傷だらけの体で一週間ほどさまよった。そして、海の近くの誰にも使われていないボロボロで小さな家を発見し、無断でそこを使わせてもらっている。

 星の瞳の力を使った代償はあまりに大きなものだった。現在のレフィの感情は学園にいた頃と比べると希薄で、目は失明、耳も聞こえないと、あの明るかった頃のレフィと比べると胸が痛くなるような状態だ。だが、耳は聞こえなくとも、俺の声や存在だけはわかる、というのが不思議なのだが。
 神の瞳との決戦で受けたダメージは癒えても、レフィが代償で失ったものは何一つかえってはこない。
 レフィの快復を祈ってきたが、快復はあまり感じられなかった。相変わらず目も耳も良くならないようだし、話しかけても返ってくるのはほぼ相槌のみ。それに、食事の味もわからないようだ。
 今だって、俺の作った夕食を、ただ腹に流し込んでいる。
「レフィ」
 レフィが楽しそうに食事をしていた頃を思い出して、つい声をかける。
「……」
 ぼーっとした顔で、遅緩な動作でスプーンをテーブルに置いたレフィが、俺を見た。
「食事の味はわかるか」
 つい、聞かなくてもわかるようなことを、聞いてしまった。少しでも、ほんの少しでも期待してしまったことに、後悔を覚える。きっと、早く治したいのは、他ならぬレフィ自身だというのに。
「いや……」
 レフィはそれだけ言うと、また食事をはじめた。その後は何も会話を交わさなかった。

 レフィが眠そうにしていたので、ベッドまで誘導する。ベッドに寝かせると、レフィは静かに目を閉じた。
 ふと、買って以来ほぼ役目を果たしていないカレンダーを見ると、今日は四月一日、とある。もう三、四ヶ月経っているのか、と思うと、悲しみが襲ってきた。ーーレフィは治ることがないのだろうか。三、四ヶ月経っても一向に治る気配がない、と考えるべきなのか、それとも、いや、まだ三、四ヶ月しか経っていないのだから、と考えるべきなのか。俺にはわからない。
 四月一日というと、嘘をついてもいい日だったと記憶している。
「レフィ、起きているか」
 目を閉じてからしばらくたって、レフィに話しかけると、ああ、と小さな返事が返ってきた。レフィはゆっくりと目を開けて、俺のほうを見る。そんなレフィの頭に、俺は静かに手を載せた。
 ーー今のレフィにはわからないかもしれない。だが、どうしても。
「俺はお前が嫌いだ」
 レフィの頭を撫でながら語りかけた。レフィは表情をひとつも変えずに、ただほうけている。
「お嬢様を翻弄するお前が、俺の心をかき乱すお前が、俺はひどく嫌いで仕方が無いのだ。もう、随分と前から」
 全部嘘だ。
 俺はレフィのことが好きだし、愛している。お嬢様を翻弄するのは、お嬢様のことを思ってのこと。俺の心をかき乱すのも、レフィならば仕方がないことだ。
 そんな意図をわかっていないだろうレフィは、ああ、と一言呟いたきり、目を閉じて、黙ってしまった。少しすると寝息が聞こえてくる。俺はそっと頭から手をはずした。寝顔だけ見たら、普通の人間と全く変わらないというのに、今目の前で寝ている男は、人間ではないのだ。
 早く治せよ、レフィ。そう声をかけても、何も返事は返ってきやしない。この小さな家に響くのみだ。





「フフッ」
 レフィは上機嫌なようで、先程から笑ってばかりいる。この間、ほぼ快復したから、と言う理由で、学園に帰り、メイガスの面々と会ってきたから、というのもあるのだろうが、他の要素も感じた。
 どうした、と問うと、レフィは部屋の中にあるカレンダーを指さして言った。
「いや、懐かしいことを思い出したんだ。ーー今日は、エイプリルフールだったな」
「そうだ」
 俺が答えると、レフィは俺の横に座って、
「いつだか、お前に嫌いって言われたのを思い出したんだ」
 と言い出した。
「ああ、あのことか」
 あの時は、レフィがまだ全く治る見込みもなく、ある意味、絶望的な状況だった。ーーあれから、よくここまで治ったものだ。長い時間はかかったが、レフィはもうほぼ完治している。視力も聴力も、少しだけ悪くはなってしまったが、それでも、ここまで持ち直したのだから、と思うと、些細なことのように感じる。
「あの日もエイプリルフールだったよな、確か」
 そうレフィが言ったから、覚えていたのか、と問うと、なんでかはわかんねえけど覚えてた、と、レフィらしい雑な答えが返ってくる。こんな少しの会話だって楽しいということを、レフィは知っているのだろうか。
「そういえばさ」
「なんだ」
「教えてくれよ。どうして、俺にあんな嘘をついたのか」
 レフィは俺の手を握って言った。だがしたあとに気恥ずかしくなったのか、手を離して引っ込めようとする。そうはさせまいと俺が手を握り返すと、少しの間の後、へへ、なんて気の抜けた声が聞こえてきて、少し表情がゆるんだ。
 さあな、と俺がごまかすと、レフィはムッとして、
「隠し事か、ディーノ」
 と言ってきた。でも、本気で怒っているわけではなさそうだ。戯れのひとつなのだろう。その戯れも、以前はできなかったのだと考えると、とても貴重なものに思えてくる。
「フフ、なんとなくわかっているんだろう? 聞くのも無粋なことだ」
「ハハッ、それもそうだな」
 レフィはまた笑った。ーー本当に、よく笑うようになった。今のレフィは、前のように、悲しみもするし、怒りもする。感情がある。それだけでも良い事なのに、最近のレフィは前以上によく笑うのだ。それがどうにも、俺は嬉しかった。
「なあ、ディーノ」
「なんだ、レフィ」
「……いや、なんでもない」
「気になるだろう、言ってみろ」
「いや、お前に嘘をついてみようと思ったんだけど」
 悪戯をする前の子供のような目で、レフィは俺を見つめた。だが、気恥ずかしくなってしまったのだろう、この言葉を言い終わったあとには、恥ずかしくなってしまったらしく、照れくさそうに、レフィは微笑んだ。
「愛してる、の反対がわからなくてやめた」
 そんな表情の変化が、声が、細められた目が、どうにも愛おしくて、手をすっと離して、レフィを抱きしめた。暖かみのある背中に、生を感じる。それだけで、どうしようもなく幸福だった。
「お前もずいぶん言うようになったな」
 俺がそういうと、レフィは小さく笑った後、
「お前のせいだろ」
 と呟いた。 


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