微笑みのある食卓

※ディーノエンディング後/レフィが快復した設定





 本当に幸せそうに食事をする男だ、と、ディーノは目の前で朝食を頬張るレフィを見て改めて思う。大口で目玉焼きを頬張る姿はなんとも豪快で、学園にいた頃、会ったばかりのレフィを彷彿とさせた。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。レフィの食事風景を初めて見たときは驚いたものだ、とディーノは反芻する。エルルが作ったサンドイッチを次々と飲み込んでいく姿は、ディーノでなくても驚愕したことだろう。その後エルルからもらったサンドイッチは確かにうまかったが、これほど食べる男をディーノは見たことがなかったのだ。そして現在はそれ以上。きっとそれは星の瞳の力の副作用で食べ物の味がわからない頃があったから、その反動のようなものなのだろうが、それにしても幸せそうに、多くを美味しそうに食べるものだから、ディーノは作ったかいがあるものだ、と思うのだ。
 レフィは新しい料理を一口食べては、うまいといって笑う。そして材料や料理の名前を聞いたりして、何日かしてから、またあれが食べたいとねだる。最近はそこまでがワンセットだった。それは一月前に作ったミートパイや、二週間前に作ったローストビーフやら。きっと今回もそうなるのだろうな、と確信して、ディーノは小さく笑う。現に今、レフィは興味深そうにベイクドビーンズを見ている。ディーノがそれを見ていると、レフィはそろそろと一口それを口に運んでから、顔をぱあっと明るくさせて、うまい、と言って花が咲いたように笑った。これなんだ、と聞いてくるレフィに、ディーノは、ベイクドビーンズだ、と答える。するとレフィはへえ、と呟いてから、スプーンですくい上げてまた口に入れた。ディーノは自分の目玉焼きにナイフを入れながら、目の前の男を見やる。ぷつりと、切られた黄身が溢れだした。
「相変わらずよく食べるな」
「ん?」
 大口で食べたものを飲み込んだらしいレフィが返す。基本的にレフィは大口で食べるが、飲み込むのも早いのだ。現に、ディーノより一足早く、もう食事が終わっている。先程まで皿の上にあったものは、既にキレイさっぱり失くなっていた。こうやって、レフィが食事を残さずに全て食べてくれるのも、ディーノが幸福を感じる一因になっているのだった。――以前は食べることさえままならなかったからな、とディーノは思って、レフィを見る。本当に、あのときとは比べ物にならないくらい快復していた。
 レフィはディーノの顔を見てハハ、と笑って、それは、となんだか嬉しそうに口を開いた。
「ディーノの作った飯がうまいからだよ」
「ほう」
「あ、本気にしてないだろ?」
「フフ、そんなことはないさ。レフィ」
 微笑みながら最後の目玉焼きを口に運ぶディーノを横目に、レフィは本当だぜ、と念を押して、わきに置いてあった水を飲んだ。そして、半分は水が残ったコップをじっと見つめる。不思議に思ったディーノがそちらを覗き込むと、レフィはコップをテーブルにそっと置いて、ぽつりと、水もうまいんだな、と言った。
「あの頃は味も何もわからなかったからさ、水を飲んでも何も思わなかったし、何も感じなかったけど」
 懐かしむように、そっと思い出すように話すレフィのその表情に、あの学園にいた頃の、全てを一人で抱え込んでしまっていたレフィが重なって、ディーノは胸がちくりと痛んだ。そして気付けば、レフィの名を呼んでいた。するとレフィはハッとして、何秒かしてから、でも今は違うぜ、と心から笑ってみせる。
「今飲むと、水だってうまいんだ」
 レフィは喜びを隠しきれないように、またコップを手にとって水を口にした。思い切り飲んで、ついにはコップの中身を全て飲み干してしまった。そして、まるで暑い夏の日に飲んだ時のように、うまい、とにこやかに言う。コップがテーブルにまた置かれ、氷がからんと鳴った。
 そんなレフィを見ながら、ディーノはレフィが快復する前のことを思い出していた。食事に、いや、それだけでなく、何にも喜びを見い出せなかったレフィのこと。話しかけても曖昧で、何も考えられていなかったであろうレフィのこと。そして、何の会話も、笑顔も、何もなかったこの食卓のことを。料理を作っても、何も反応のなかった、この食卓のことを。――本当に、よくここまで治ってくれた。レフィが笑うから、俺は料理を作ろうという気になるのだ。この、レフィの笑顔のために。あの時はなかった、この笑顔のために。
 ディーノがそれはよかった、と微笑んだ。するとレフィはあ、と思いついたように言って、パン、と手を合わせた。ディーノはそれに気付いて、もう習慣になって久しいそれを、レフィに揃えた。――ご馳走様、と。



「なあ、ディーノ」
 数日後、廊下で、レフィが昼食を作ろうとキッチンに向かうディーノに話しかけた。歩いていたディーノは立ち止まり振り向いて、レフィの言葉に答える。
「どうした、レフィ」
「俺さ、この間のやつが食べたい」
 ほら、豆のさ、と名前を思い出せずに唸るレフィに、ディーノは見守るような視線で、ベイクドビーンズか、と問う。するとレフィの顔がきらきらと輝いて、それだ、と言って笑った。その声に、表情に、ディーノの心も自然と躍る。
「ベイクドビーンズ。前食ったときうまかったからさ」
「そうか。ならば、それにしよう」
「あ」
 くるりと向き直ってキッチンに向かおうとするディーノを、レフィが右手で服の裾を引っ張って呼び止める。いつもの無表情ながらも、不思議に思っていることは明白なディーノがレフィを見つめると、レフィは右手に少し力を入れた。ディーノのシャツの裾にくしゃりと跡がつく。
「……俺料理なんてしたことないけど、手伝うぜ。いつもディーノにやらせて悪いし、それに」
「それに?」
「……二人で作った方が楽しいだろ!」
 少し照れを隠すように笑うレフィ。きっと感謝を伝えようとしているのだろう。今までで一番の笑顔をたたえて、彼はそこにいた。
 ディーノは少しポカンとしていたが、そのうちにこりと微笑んで、ああ、と言ってレフィの手を引いてキッチンに歩き出した。レフィは少し顔を赤くして、それに応じて手を繋ぎなおす。
 ――これで、また食卓に笑顔が増えそうだ。そう考えて、ディーノは手を握る力を強めた。


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