フラスコの底 | ナノ

●フラスコの底

 その少年は酷く複雑な形をしていた。いや、姿かたちは人間と見紛う程の容れものだったのだが、中身に多大な問題があったのだ。

 ぐつぐつと煮えたぎるマグマを眼下に彼らは一列に並んでいた。声もなく恐怖をその目に張り付けて消えていくレプリカ達を無感動に或いは、機械的に見下ろしたいくつの目の中に、その少年は気がつけば立っていた。

「ここは…どういうことだ?」

 刷り込みを終え、使えるレプリカを選別し、不必要になったレプリカを廃棄しているところだった。首をかしげて振り返ったレプリカに、レプリカを廃棄していた人間は驚きの目を向けた。
 まだ生まれたばかりであり刷り込みをしたとは言え、自我を持たないレプリカは死んだ魚の様に濁った瞳で、ただそこにあるだけだ。言葉を発するという概念もまだ確立されておらず、本当に人形の様な彼らの中で一つの個体が煩わしそうな感情をにじませた言葉でそうつぶやいたのだ。

「ああ、そういうことか。ふ、馬鹿らしい。預言なんて本当に下らないって事がこれで分かった。」

 そのつぶやきは死んだ導師イオンのレプリカから発せられた。
 生まれて間もないのに、人間としての知識は持っていて、言葉や感情と言う概念が定着していなのに、死の間際の強い恐怖と痛みを超越した苦痛を感じながら死んでいったレプリカ達

「人間だってくだらない、ガラクタだ。あれもこれもぜーんぶガラクタっ!」

 七つのうち、必要な能力を持った使える個体は七番目のレプリカだけ。だから残った六体は廃棄される。同じ檻に詰め込まれていたレプリカが適当に選びだされて順番に並ばされて、マグマへと"廃棄"されていく。
 そして彼の番が来た。背中を一押し、それだけで抗うこともなく糸が切れた操り人形のように、身を焦がす灼熱のマグマの中へと身を躍らせる憐れな人形。それだけだったはず。

 幸いだったのは、何の手違いか導師イオンのレプリカの中に一つ、完全同位体の個体が存在した事。不幸だったのは、世界を怨んでいた導師イオンがレプリカの中に宿り、また廃棄されたレプリカ達の恐怖と怨嗟の念すらもイオンが喰らった事

「とりあえず、お前みたいなガラクタが死ね」

 恨み事の呪詛を吐くように、イオンはにんまりと無邪気に笑って驚き固まった名前も知らない"大人"を彼がそうしていた様に突き落とした。レプリカ達は声もなく恐怖の中で逝ったと言うのに、彼は見苦しく言葉にならない絶叫を口にしてもがいていた。

「あは、おっかしぃ!」

 自分がそうされるとは思っていなかった憐れな大人の足掻きが、熱せられた地面の上で今まさに息絶え様としているひっくり返った虫の様でイオンは腹を抱えて笑った。

「あ〜笑った。さてと、これからどうしようっかな?」

 レプリカに刷り込まれた形式じみた記録にイオンはきょろきょろと見渡して、それからぼうっと意思や感情の見られない二対の相貌に見つめられている事に気がついて大仰に振り返る。

「気に食わない目。好きにしたら?死にたいならあそこに飛び込めばいいし。こんなガラクタな世界で生きたいなら、自分で考えて這いつくばって生きていきなよ。」
「な、んで…」

 話しかけられたら応える。それだけだった、けれど今の言葉には確かに彼自信が感じた疑問が込められていた。

「は?なんでもなにもないだろ。何こいつら本当ポンコツな頭してるな。これが僕だなんて言うんだから笑っちゃうよ。ヴァンの考え方に少しでも同調した僕が馬鹿だった!僕はお前たちなんて知らないよ。お前たちが生きて何かしたいっていうなら止めもしないし、強いることだってしない。自分のやりたいように勝手に生きれば。ただ、僕の邪魔をするようなら、殺す。ケドね♪」

 それだけ言うと、三体のレプリカを喰らい内包した死んだはずの導師イオンは興味が無くなったと言わんばかりに踵を返して、その場から去って行った。残された二体のレプリカは彼の後を追うように二、三歩よろよろと歩き、それから何かを目指すでもなく唯歩くことにした。



* * * * *



 この世界はくだらない。ガラクタの集まりだ。
 心の底からそれを理解していたはずのなのに、どうして僕は期待なんて愚かな感情を胸に宿してしまったのか、死んで再び舞い戻った世界は何もかもがガラクタ過ぎて吐き気すらした。

 アリエッタは僕の面影を追いかけて、僕じゃない僕を求めてる。僕は君に忘れられたくなかったし、僕だけのアリエッタでいて欲しかったからそうしたのに、君は僕ではない偽物を追いかけて、僕がいなくなってしまったことに欠片も気づかない。

 僕は導師になるために両親から引き離されたと言うけれど、ならその両親はどこに居るのだろうかと探してみれば、そんな存在等にこの世界には無かった。親と言う言葉は知っていてもその温もりを知りはしないなんてレプリカ見たいじゃないかと皮肉気に笑って、けれども確かに人の間から生まれてきた人間(だった)のだと、なけなしの優越感に人間の真似事をする人間もどきを笑った。

 本物の導師イオンなのに、導師イオンのふりをするなんてばからしい。だから名前も姿も隠さないで、僕(イオン)は僕(イオン)のまま生きた。生き辛い生き方だったけれど、それ以外の生き方なんて知るわけもない。

「そうだ、ヴァンの人形でも見に行こうか」

 導師のときには無かった自由、気の向くままに色んな場所を渡り歩いた。もちろん、僕を導師と(正しいけれど)勘違いするガラクタどもには適当な事を言って、そうしてずっと一人旅を続けた。

 妙な違和感がしこりの様に胸を苛んでいるのは、きっとこのガラクタのくだらない世界に絶望して、また同時に苛立ちを感じているからだ。だから、ぶっ壊してしまえばこんな気持ちになんてならないし、きっとすっきりするに違いない。

 ヴァンの計画なんてどうでもいい。このガラクタな世界がどうやって壊れていくか、それだけが楽しみだった。だから、その引き金となる人形がどんな形をしているのか、少しだけ興味があった。それだけ

「へぇ、案外まともな姿かたちをしてるじゃないか」

 けど頭の方は空っぽみたいだ。むっと眉を寄せたその間抜けな顔がおかしくてイオンは笑った。人間もどきのくせに、人間みたいな表情をするなんて、可笑しい。

 導師のふりをすれば簡単にキムラスカに入れた。それも公爵家にもだ。謁見の為に来ていた。今は、さらわれたと言うルーク様のお見舞いの為に個人的にやってきた。預言と導師の力をちらつかせればすぐに信じてしまう馬鹿でガラクタな人間どもを嘲笑いながら二人きり、人間だった歪な中身をしたレプリカと、人には慣れないレプリカが向かい合って座っていた。

「なんだよお前。じっと見てきたと思ったら、無礼だぞ」
「お前の方が無礼だよ。僕の方が身分は高いんだからね」

 公爵家の爵位も持たない子息、王位第三継承者で王族とはいえ、預言に軽んじられる様な地位なら預言に尊重される導師の方が身分は高いし重要だ。それに彼はレプリカだ。偽物が何を言ったって痛くも痒くもない。

「かわいそうな子供、愚かで…」
「お前も、同じ。だろ」

 嘲笑っていると人間もどきがじっと翡翠の瞳でこっちを見据えて、そう言った。喉の奥が引くつく。

「な、に言ってんの?」
「お前も俺と同じ、だ。」

 こいつ自分がレプリカだって知ってる?だけど、僕はレプリカなんかじゃない。僕は導師イオンだ。僕は導師イオン、…本当に?僕は導師イオンなの?

「全部どうでもいいって目、だけど"寂しい"、"悲しい"、"なんで"って言ってる。同じ色をしてる。」

 手を引っ張られる感覚、翡翠の双眸にじっとのぞきこまれた瞳

「馬鹿馬鹿しい!誰が…」

 自分の瞳を映した瞳にジワリと浮かんだ雫、溢れて零れた。柔らかい曲線を描く頬を辿って、床をぬらすことも無く空気に解けてしまう雫、涙と呼ぶにはあまりにも拙いその水滴を瞳からこぼれ落ちるままに視線で追いかけて、空気に消える瞬間を目にする。

 これは、僕の涙?

 分からなくなっていた、彼の感情には思えないその雫がまるで自分の感情を代弁しているようで

「俺は悲しくなんかない。」

 見つめ合った翠の瞳からとめどなく零れていく雫
 地面を濡らさない。空気に解けていく、僕のものじゃない、僕の涙。

 この世界はガラクタで、僕の代わりに作られた僕が生きている世界は、僕は生きていけない。僕の為に存在するモノは何一つとなくて、僕と言う変えようもない事実だけがぽつりと切り離されたようにガラクタの中に取り残されていた。何もかもがガラクタに塗りつぶされてしまった世界、けれど僕の代わりに僕の涙を零したその瞳と、雫はとても美しかった。

 少年は歪な入れ物の中に、複雑な形となって生きていた。誰も少年を顧みることなく、少年もまた全てを否定していた。世界は、フラスコの中を出て生きていけない様な人間もどきを歓迎する事もなく、ただ日常は彼らを取り残して流れていく。


 世界は僕を忘れてしまって、僕は消えてしまった。フラスコの中から飛び出した不完全な人間は結局、生きてゆけない。

2012/06/06
フラスコの住人はあらゆる知識を持ちながら、フラスコの外の夢を見る。
被験者イオンもなかなかに壮絶っぽい人生送ってますよね。生まれてすぐに両親から引き離されて、世界の中心にある宗教団体の人の上に立つ教育を施されて(宗教だからより洗脳的な教育とかありそう)何もかもを与えられる前に奪われて、立場上幼いころから叩きこまれたとしたら歪んだ思想を持っていそう。んで、若い身空でお前は死ぬよって預言に言われたんじゃ、性格矯正しようのないくらい歪みますよね。
このルークは逆行ではない。親善大使です。教育環境のせいで性格歪んでるけど多分イオンほどじゃない。
二人は年相応に友人となって、イオンがルークを洗脳しつつルークがピュアオーラでイオンを浄化しながら世界を壊すんじゃないですか?(いい加減

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