愛を鬻ぐ | ナノ

愛を鬻ぐ

 あの時、あの頃から最期まで誰も気付かなかった痛み。誰もが自分の傷を痛んでばかりで、他人を悼まなかった。けれどそれは人間ならば、生きているのならば当然のことだったのだから、誰もそんな生きることの汚さを見ようとなんてしなかった。

「必ず、帰る…」

 人の気配など何処にも無い白亜の町並みを一望できる最期の回廊は、エルドランド最上部にある。遥か下に見える大地と海、その境に浮かんだオレンジの太陽が寂しいばかりの町並みを暖かな朱色に染め上げている。
 まるで最期の楽園を模したその風景の中、ただ一人立ち尽くす少年は愛しそうに目を細目、この造られた楽園と共に最期になるであろう世界をその目に焼き写した。

 何処までも作り物じみた美しさ耳が痛くなるほどの無音、そして夕焼けを受けて白亜の床に影を落とす少年は孤独を紛らす様に
ため息をついた。息を短く吐く、ただそれだけだった。それ以上でもそれ以下でもない。抑えきれない感情を吐き出したわけでもなくて、ソレは言うなれば“純粋な無意識”だった。

 この世界で笑っているであろう人々の姿を想い描いているのか、それとも
遠くなっていった幾つかの後ろ姿に己を投影しているのか、その目はどこか悲しげに細められ、けれどその場所にはもうどんなに願っても戻れないのだと今は諦め自重気味に笑うしかなかった。

「色々あったな…ありすぎた。過ぎ去っていく何もかもが早すぎたのに……落ち込んでいる暇もなかった…」

 ソレはきっと彼らもそうだっただろう。そして取り残された様に立ち止まるしかなかったルークを欠いた彼等は此れからも、だ。

 だからこそルークは「きっと誰も悼まない」と小さく笑った。

 独りぼっちの濃い影を見下ろしながら剣を振り上げた。祈る。誰かに何かに、何も知らないままそれを愛と偽り、身を切り売りしてきた。己の最期の侘しさを笑いながら。

 ルークは手にした剣を強く握りしめ、流れに任せるように振り下ろした。広がる光の奔流が通り過ぎて世界を駆けていく。それはきっとルークの思いの形でもあったのだろう

 凄まじい勢いで側を過ぎていく光に呑まれるように、光の中で思い出していた。
 痛みを伴う消滅の欠片、透ける手をかざす。ルークと世界を隔てた透ける壁の向こう、何一つ変わらない人々の営み、仲間たちの笑う姿、世界は美しく見えた。たとえそこに己という存在が無くても

 少し前までは分かっていたはず。けれど、消滅を目の前にして何故か今は何を求めていたのか、分からなくなっていた。

(だけど、それでもこれだけは分かる)

「…さようなら、愛した全て」

 ルークは己を好いてくれる人間が好きだった。
 己に向けられる好意がどんなにちっぽけであっても。偽善的な、或いは自己満足その物の付属品のような僅かな好意でも、寄せられるものが好意であるならばルークはソレに対して全力で返した。好意と称するには余りにも残酷で重い

 友愛や情愛等ではなく、己を切り捨てた自己犠牲の愛を

「皆が幸せに笑って生きて行ける世界を」

(そこに俺は居なくても、塵のように消えていく欠片すら側にあれなくても)

 これは、ここに存在するのは母の愛にも勝る愛なのだと、ルークを今まで生かしてきた確かもの、ルークは彼らに嗤いながら、啼きながら、世界にすら愛を鬻ぐ

* * * * *

「愛は切り売り出来るものじゃない」

 空を見上げる瞳は海をそのまま丸く閉じ込めた様に揺れていた。

 青く蒼く何処までも晴れ渡る空に笑いかけることすら出来ない憐れな男は、感情を噛み潰す様に唇を強く噛んだ。

 子供は汚ならしい感情に包まれたちっぽけな好意を得るために、彼らが自分勝手に望む愛と偽った犠牲を売っていた。

「なあ、お前さんは……あんなどうしようもない奴らの気持ちを得るために犠牲になったのか」

 消えてしまってはソレも得られないと言うのに、こんな世界のため何を望んで自分自身を犠牲にした。

「こんなこと口にするべきではないと分かっている。だが、お前が生きていてくれさえしたら、俺はそれで良かったんだ。」

 晴れ渡る空が男の言葉に答えるように涙をこぼした。青い空色のどこから零れおちてくるのか、青い空の下、蒼い海に浮かぶ世界に誰かの涙が降り注ぐ

「泣いて、いるのか……お前はまた一人で泣いてるのか」

 空を見上げた顔に降り注ぐ雨、雫に混じる光はこの世界に生きとし生ける全てに愛する切なさを与えた。

「お前は今、何を求めて……」

 それが愛じゃないと言うのならば、誰が愛を知らない彼に"ソレ"を与えたと言うのか


 壊れた心でも、犠牲などではなく

 安く売っていたおのずと中にも真実はあったと

 誰も知らない愛が小さな声で泣いていた。



2012/07/11
エルドランドからED後、基本的に私はルークは戻れなかったと考えています。あとアクゼリュス後は自己犠牲の人だと……報われない想いとかも好き。ストーリーよりも感情を優先するからこんな駄文になるんであって…

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