Hold me down | ナノ

Hold me down

 心もとなさを感じて、そわそわと体を揺らした。眼前に居る相手にだって絶対その様子は見えている筈なのに、視線は途切れない。そんな居心地の悪さに逃げ出したくなりながら、やはり変わらず己も目の前の海の様な瞳を見つめていた。見つめ合った先、長い髪で隠れた瞳は影を落として、夜の海のような黒さに息をのむ。

 ゆっくりと手を伸ばせば、答えるように手に手を重ねてくれる。

 肌が触れ合う感覚に妙な安堵感を感じつつも、申し訳ないという気持ちが自分を支配していた。

「見えてて飽きないが、突拍子がないな」

 空気が震えるような声、涙がこぼれそうになった。

 ああ、どうしてこんなにも愛おしい。なのに、その言葉がなぜか拒絶されたようで怖かった。相手が笑っていると言うのは、分かるけれど、その笑みがどんな意味を持っているのかが分からない。呆れているのか、軽蔑したのか、どうしてあんなことを言ってしまったのだろうかと後悔してもしきれない。
 彼の優しさに勘違いをして、調子に乗ってしまったのだろうか?

「やっぱり、嫌。ですよね…」
「ん〜…いやではないんだがな」

 困ったような声だ。かっと耳が熱くなる。恥ずかしい。もし時間をさかのぼれるのなら、おそらくの首を絞めて黙らせたことだろう。数分前の自分を殴ってでも黙らせたい。そんな心境だった。

「一緒に寝てくれ、か……」
「っう…ぁ…あのっやっぱり忘れて下さい!」

 一国の皇帝に何て愚かなお願いをしてしまったのだろう。 相手が皇帝で無かろうとも18にもなる男が大人の男に頼むようなことではない。今まで誰とも寝所をともにしたことなどなかった。作られた当初ならあるいはあったのかもしれないが、物心つく前のその頃の記憶など殆どないに等しかった。

 対して子供を見下ろす男は困ったような心境だった。
 最後の決戦とも言える戦いを前に、今までのことも含めて子供の功績に対して自分が何か出来ることは無いのかと問えば、子供は「一緒に寝て欲しい」と言った。
 思ってもみなかった「お願」に困惑したことは確かだった。寝所をともにしてほしいと頼みに来る人間など男女に限らず多くいたことは確かだ。男は自分の娘をあるいは姉妹を皇帝の寝所に召し上げて、女は皇帝の女になり得られる利益を目的として"お願"をしてきた。
 ならこの子は?いったい何を求めていると言うのだ。

 真っ赤になってうつむいた子供を見下ろして余計に分からなかった。この子供が体のつながりを求めていたのかどうかということが。今の様子を見る限りではどちらともとれないのだ。本当に一緒に"寝る"だけでいいのか、それとも閨事を望んでいるのか、それが男には測りかねた。

 女性であれば後者だとすぐに判断したものを、目の前の子供は男で、さらに厄介なことに見た目が17歳であっても生まれてから七年しか年を重ねていないと言う。

 どっちなんだ。未だかつてない、或いはこの子供たちの命を世界と秤にかけたあの時の様な決断を迫られているようだった。表情を崩すことは無いまま、しかし背中はじっとりと汗に濡れていた。
 何もこんなに悩むようなことではないはずなのだが、若し判断を誤った時のことを考えると嫌な汗がうっすらと滲むのだ。

「一緒に寝るだけで良いのか?」
「う、あ……はぃ……」

 それは純粋に一緒に"寝る"事を確認する言葉だった。もし房事を求めての願いであったら、これは子供を追い詰める言葉かもしれない。と、思ったのだが邪な思いを抱いていたのはどうやら自分の方だったようだ。一層恥ずかしそうに俯いた子供の耳は真っ赤に染まっていた。

( そんな反応されたら勘違いしても仕方ないだろ )

 と、心の中で自分を自分で弁護しつつ。子供の顎をすくい上げた。

「色々問題はあるが、まあ何とか叶えよう」
「え、いや。大変なら別に…」
「お前が自分から、それも"俺に"叶えられる願いを申し出てくれたんだ。叶えてやるさ」

 そう言ってやれば子供の表情は見る見るうちに晴れていく。嬉しそうに濡れたその瞳を見て思わず眉をしかめた。

( 本当に寝る"だけ"なんだよな…? )

「あの」
「ん?なんだ」
「無理はしないでください。男と一緒に寝る、とか…気持ち悪い、と思うし…」

 眉をしかめた理由を、子供はどうとったのか。そうではないと否定するように首を振ってその夕日色の髪へと手を滑らせた。

「お前たちがいつ出るのか、いつなら都合がいいか考えてただけだ」

 この街を経ったら子供は最後の決戦へと向かってしまう。それによって決まるのは、この世界の存亡か、または…。そこまで考えて、暗くなりそうな表情を引き締めた。

「決まったら知らせを出す。近いうちに必ず」

 にっこりとほほ笑みかければ、ほっと安堵した様な笑みを向けられた。ようやく自分の前でも笑ってくれるようになってくれたと思ったのだが、それがよかったのか悪かったのか、自分は子供に特別な気持ちを向けていたことに気がついてしまった。



* * * * *

 この街を囲む大瀑布の飛沫音が遠くに聞こえる。それは自分の心音と重なり合って特別な音楽を奏でているようであった。

 誰かと一緒に眠る。愛しい人に願った最期の願い。拒絶されることを覚悟していたのに、こんな愚かで稚拙な願いを彼は叶えてくれるという。見たことのない彼の姿を見たかった。無防備に自分の隣で寝てくれる彼の顔をこっそりとこの目に焼き付けたかった。

 嬉しい、嬉しい。胸が張り裂けそうに叫んでいる。
 ただ彼が複雑な立場に居ることは分かっている。だから、彼が叶えてくれようとした。その言葉だけでよかった。もし駄目になってもその時はすっぱりと諦められる。彼が少しでも自分に心を、言葉を傾けてくれた。それだけで天にも昇る気持ちで、地に足付かない感覚が不思議と幸せな気持ちにさせてくれた。

「ルーク、陛下から手紙を預かってますよ」
「え?あ、ありがとジェイド」

 陛下、という言葉に自分でもあきれるほど嬉しそうな顔をしてしまったのは自覚している。だからと言ってそんな奇妙なものを見たと顔をしかめるのはやめてほしい。さすがに傷つく。手紙という言葉に不思議に思いながら手を伸ばしたら、ジェイドも件の手紙を差し出しながら不審げな目を手紙に向けていた。

「全く、陛下もこんな回りくどいことなどせずに直接呼びつければ良いものを」

 ルークは暇をしているのだから、というのは音にせずジェイドは小さくため息をついた。子供はあの男のことを苦手としていた、なのにいつからだろうかその目に僅かな喜色の色を孕むようになったのは、盲点だったと言うか、完全に安全圏と思い込んでいただけに「トンビに油揚げ」な心境だった。

 ジェイドは知っていた。もちろん子供自身も、彼が長くないと言うことを、子供が今ここにいることが奇跡であるような、それほどに危うい状態だと言うことを。
 それでも世界の為に彼を駆り立てる自分の様な卑怯な大人は、彼にしてやれることなど何一つよしてないのだ。一番彼の望むことを叶えなければいけない自分が、彼に対して叶えてやれることなど何一つないのだ。今まで見て見ぬふりしてきた自分を責めるように、全てが許さない。

 嬉しそうに両手で大切そうに手紙を受け取った子供はその宛名を見て目を細めた。それから、何かに気がついたようにゆっくりと顔へと近づけるとクンと匂いを嗅いで、頬を緩める。

「なんかいい香りがする!」
「…おそらく陛下の使っている香水の香りでしょう」

 へえ、と子供は封筒の香りを楽しむように目を閉じた。まるで愛おしい人と口づけを交わすように、初心な表情を無防備で晒す彼にため息をついて踵を返すと部屋を後にした。彼が意図的に自分の目の前で手紙を広げようとしていなかったのは分かっていた。



「陛下の香水の香りか、でも実際に付けてる香りと少し違うような…」

 確かに言われてみればそんな気もするのだが、実際に彼の体から香るのはもっと甘くて優しい香りだった気がする。

「俺も香水とか付けてみようかな〜」

 旅をしていると身だしなみなどを気にする余裕なんてない。いつも自分は汗臭さを感じていたけれど、気がついてみればジェイドなんかは普段からいい香りがしていた。そう言えば、この宮殿に用意された部屋には身だしなみ用の香油やらなんやらがそろっていたはず。鏡面の台に並べられた小瓶に目を向けてルークは手紙とを見比べた。

「ご主人様、ピオニーさんからの手紙読まないですの?」
「ぅ、あー…読むよ…」

 突然かけられた声にルークは足元を見下ろす。つぶらな瞳が自分を見上げて、どうして?と瞬くのを見て気まずそうに目をそらした。ペーパーナイフは机の上にある。嬉しそうにしている癖にいつまでたっても手を伸ばさないルークをミュウは不思議に思ったのだろう。

「ミュウ、ちょっとティア達のところ行っててくれよ。一人で読みたい」
「分かったですの!」

 こんなことを言えばいつもは少しダダを捏ねるのにミュウは、今日は随分とあっさりと部屋をとことこと出て言った。本当に一人きりなった部屋がシンと静まり返って、少し寂しい位だった。

 椅子に座りじっと手に乗せられた手紙を見下ろした。丁寧な字で己の名前、そして裏には愛しい人の名前が、おそらく彼自身の手で綴られていた。考えてみれば初めて見る彼の字にルークの口は自然と柔らかく弧を描いていた。
 丁寧ながらも彼の性格を表したかのような豪快さがある。それでも少しだけ固さを含む字は、彼が実は普段見せるような大雑把そうな姿だけではないことを表しているようで、彼が彼を表すものは文字すらも愛おしくて、なぞるように指を滑らせた。

 この中に望むことが書かれてなくても、諦めよう。ルークは恐る恐るペーパーナイフを手にして封を開けた。便せんを取り出す手は情けないことに少しだけ震えていて、苦笑するように笑った。



「ほら、ルーク何をしてるんだ?」
「え、いや…」

 自分がどれほど悲観的な人間なのかを思い知った。もらった手紙に少しの期待もしていなかった自分に笑ったのだ。

「お前が一緒に寝て欲しいって願ったんだろう?」
「う、あ、あの…そうなんですけど…」

 普段以上に楽そうな薄い生地の夜着を纏った皇帝その人が腕を組んでベットの柱にもたれ掛かっている。扉で足を止めて入れずにいるルークをどこか微笑ましそうに見つめていた。石のように固まったままのルークもまた薄手の楽な夜着に身を包んでいた。

「ん?そう言えばいつも一緒に居るチーグルはどうしたんだ?」
「…あ、ティアに」

 皇帝と寝所をともにすることは誰にも言っていない。ミュウにティアのところに行くようにルークが言って、ティアも疑問に思わずミュウを引き受けた。

「ほら、お前とただ寝るために仕事を早く片づけたんだ。早くしないと夜が明けてしまうぞ」

 いつまでも動こうとしないルークに小さく息をついてピオニーはベットの端に腰を下ろした。ぽんぽんと自分の座る隣を叩いたピオニーにルークはピクリと肩を揺らして、視線を気まずそうに彷徨わせ、意を決したように一歩踏み出した。

 緊張した面持ちでそばにやってきたルークの手をピオニーが勢いよくひく

「うわっ」
「ほら、ねるぞー!」

 ぼふりとベットへと倒れ込んだルークに覆いかぶさるようにピオニーもベットの上へと乗り上げた。

 ふわりと二人の鼻をくすぐったのは、互いの香り。清潔な石鹸の香りと香水の残り香が二人の身を包んでいた。

 見つめ合った瞳の色、滲み解けだしそうな色の中に自分の色を見つける。

 触れた体温の熱さが鼓動を早める。ここに二人を阻むものなど何もない。それでも二人はただ抱き合って眠りにつく。子供をあやすように、大人を癒すように、二人は互いの心を少しだけ抱きしめて眠りにつく。

「本当に、これだけで良いのか?」
「はい。でも、もし叶えてくれるならもう、ひとつ……」

 少しだけ欲張りになった心が口を動かす。ルークが紡いだ言葉にピオニーは少しだけ哀しそうに笑って、互いの体温に安堵したように二人は手をつなぎ合い体を寄せ合った。



 日が昇ったら、見つめて欲しい。


 ここに俺がいることを、いたことを、そうやって証明してほしい。


2012/04/27
ピオルクでエルドラント前です。本当はエロにしようかと思ってましたなんて口が裂けてもいえn(ry
『sweet and low』って曲を聞きながら…

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