拝啓 現世のお父さん、お母さん
こんにちは。お元気ですか?わたしは元気───そうは言っても死んでいるのですが───それなりに元気です。わたしが死んでからも、変わらず過ごせているでしょうか?
ふと、以前、お父さんが「子どもが親より先に死ぬのはもっとも親不孝なことだ」と言っていたことを思い出しました。当時のわたしは自分がこんなにも早く死ぬなんて思ってもみなかったので、聞き流してしまっていたのですが、それが現実となってしまったこと、親不孝なこどもになってしまったことを、とても悲しく思います。親不孝な娘でごめんなさい。たくさんのことを、ものを、もらっておきながら、なにも返せずに死んでしまってごめんなさい。
これ以上悲しませたくなんかないのに、お母さんは今もわたしの遺影写真を見ると泣いてしまっているようです。こんな親不孝の娘のことを想って泣いているのをみると、わたしはとても平常心を保っていることができません。
お葬式のとき、お父さんとお母さんが泣いていたこと、今でも鮮明に思い出せます。なぜ知っているのかと問われれば、実はこっそりわたしも参加していたのです。自分の葬式に。第三者の視点で火葬されるのを見るのは不思議な気持ちでした。わたしは実体を持っているのに焼かれてしまっているのですから!その間もお父さんとお母さんはずっと泣いていました。思えば、お父さんの涙を見たのはその時が最初で最後のことでした。二人の涙するところを見ていると、わたしもつられて少しだけど泣いてしまいました。
───…いいえ、実を言うと“少しだけ”どころではありません。わたしも号泣していました。嗚咽するくらい、わんわんと泣きました。自分の体が焼かれているのを見て、お父さんとお母さんが泣いているのを見て、わたしが死んでしまったことを実感したからです。
突然、わたしは形容しがたい気持ちになりました。これから先、お母さんの作るおいしいご飯は食べられないし、お父さんに頭を撫でてもらうこともない。たわいもないお話もできない。当たり前だったことが当たり前じゃなくなる。そんな恐ろしい状況に置かれて、冷静でいられるわけがありません。わたしは泣きました。ただひたすらに、ひたすらに。わたしはどうして死ななければならなかったのか、何度考えたことかしれません。

わたしは目をつけられてしまったのです。いわゆるストーカーに。言い換えれば怪異に。学校の上履き入れのなかに、わたしの写真が何枚も入った封筒が入っていたのです。一回二回どころの話ではありませんでした。当時はタチの悪いイタズラだなあと楽観的に考えていましたが、そんな一言で表せるような相手ではなかったので、現在のようになってしまったわけですが。それに気がついたのは死んでからのことだったので、気がついた時には“時すでに遅し”という状態でした。
彼は随分とわたしのことを好いているようでした。魂の半分を喰らってしまうくらいには。どうやらその行為は大罪扱いされるような重大なことなのだそうです。そのことに関してはいまいち実感が湧きません。ですが、好意が狂気に変わってしまったため、わたしは死んでしまったのです。そう考えると、怒りに似た感情が湧いてきます。でも死んでしまった以上、どうすることもできないので、わたしは考えるのをやめることにしました。考えても時間の無駄ですし、なにより、考えたところで生き返ることはできないからです。それに、実はその人のことをこっぴどく罰してくれた人がいるので、ちょっとは心がスッキリしているのです。

さて、わたしは不慮の事故によって死んでしまいましたが、存外、あの世もそこまで悪いところではないのではないかと思い始めています。地獄には悪い亡者に裁きを下す獄卒さんという方々がいらっしゃいます。彼らはわたしが廃校に迷い込んでしまい所在なくうろうろしているところを保護してくれました。
それからというもの、わたしは彼らのお屋敷に身を置くことを許してもらいました。獄卒さんたちはわたしたち人間とは根本的に体の作りが違う、とてもタフな方たちです。頻繁に命を落とすくらいの喧嘩が起こりますが、その度にわたしは巻き込まれないかとヒヤヒヤ肝を冷やしています。そう、獄卒さんたちには死の概念がないようなのです。ちょっとした傷ならあっという間には治ってしまうし、死んでも時間が経てば生き返ると。初めてその光景を目にしたときは、とても驚きましたが、驚異的な回復力をもっていることを痛感したのです。
特に、喧嘩の起爆剤となる方がいるのですが、意外にも彼はわたしのことを特別大切にしてくださっているそうなのです。彼は───…。


そこまで書くと、わたしは一度ペンを置いた。手紙を書いたところでお父さんとお母さんのもとに届くことはないけど、でも、わたしは書くことを選択した。これはいわゆる自己満足だ。死んでしまったわたしのことを心配しているかもしれないお父さんとお母さんに、近況を知らせようと思って書き始めた。言いたいことはたくさんある。それこそ、原稿用紙一枚には全然収まりきらないくらいに。
筆が止まったところを見つめる。さて、ここ先はどう続けようかと悩んでいると、ふと便箋の上に影がかかる。「ナマエー、なにしてんの?」平腹さんだ。「手紙を書いているんです。お父さんとお母さんに」そう言うと、彼は「ふーん」と言い向かい側に座った。

「届きはしませんけど、気持ちだけでもって思って」
「届かない??」
「はい。お母さん、わたしの遺影写真を見るたびに泣いちゃっているみたいですし、心配しないでねっていう気持ちも込めてます」
「へー。なんかいいな、それ」
「平腹さんもそう思いますか?」
「めっちゃおもう!」
「…よかったあ」

否定されたら悲しいなあと思いながらそう言えば、平腹さんは肯定してくれたのでホッとする。すると彼は「けど、多分届けられるぜ?」と言った。

「えっ!?…わたしを騙そうとしてるんですか…?」
「いやマジ」
「…本当に?」
「まあわかんないんだけどさァ」
「や、やっぱりわからないんじゃないですかあ…」

ちょっとでも期待した自分が馬鹿だった。考えてみれば、死んだはずの人間から手紙が届くなんて気味が悪いし、イタズラだと思われかねない。「わからないってのは百パーじゃないってこと」平腹さんは鋭い歯をちらりと覗かせながら言う。

「もしかしたら届けられるかもしれねーじゃん?」
「でも、死んだ人間から手紙が届くってホラーじゃないですか…」
「ホラー?自分の子どもから贈り物がきたら親って嬉しいもんなんじゃねえの?漫画ではそうだったけど」
「ま、漫画ですか…。現実でもそううまくいくでしょうか?それに、イタズラだって思われたら」
「字でわかんねえかな??」
「…あ、そっか。筆跡でわかるかもしれないですね」
「やってみねえとどうなるかわかんなくね?」
「そ、そうですね。物は試しに、ですもんね…!」

平腹さんにしてはいいアドバイスだと思った。ぎゅっと両手で握りこぶしをつくる。なるほど、と頷けば、彼は笑ってわたしの手を取った。

「んじゃあ届けに行ってみようぜ!」
「えっ、でも、まだ書き途中───…」

わたしがなにを喋るかも聞きもしない。でも、そんな扱いももう慣れた。わたしは平腹さんに引きずられるように部屋から出る。

「ついでに現世行ったらゲーセン寄ろ!」

どちらかというとそっちが本当の目的のような気がする。…気がするというか、絶対そうだ。でも、諦めもあるのかもしれないけど、今となっては先導してくれる平腹さんの強引さは嫌いではなくなった。むしろ頼りになるくらい。もちろんこわいときだってある。だけどこの様子を見るに、今日は大丈夫そう。
これからも、きっとずっとずっと先も、平腹さんにはお世話になることがあるだろう。そんな予感がする。できれば噛みつくのはやめてほしいと思うけど…。

とりあえず、現世のお父さん、お母さん。わたしは地獄でも元気にやっています。だから心配しないでね。

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