「…なるほど」

病院から帰ってきたわたしたちは、肋角さんへの任務の報告会に参加することになった。病院へ行く前には散り散りだった獄卒さん全員が、今は執務室の前に集合している。全員が揃ったところで、斬島さんが「全員集まったか。中に入るぞ」と言った。
二回ノックをしてから扉を開く。そして斬島さん、佐疫さん、平腹さん、わたし、田噛さん、谷裂さん、木舌さんの順番で横一列に並ぶ。そしてことの顛末を説明した。わたしの魂の半分の行方、亡者を強制送還したことなどを。そして冒頭に至る。
肋角さんはわたしの魂の半分は“喰われた”ためであることを耳にしたとき、ピクリと反応を示す。そして口を開いた。「魂を喰うという案件は初耳だな」と。その言葉に、獄卒さんたちはお互いに顔を見合う。

「肋角さんがそう言うならおれたちも知らなくて当然ですね」
「冥府に連行されればそれ相応の罰が下されるだろう」
「魂ってウマいのかな??」
「平腹、私語は慎め」
「それで、肋角さん。今回の任務は無事完遂したわけですが、今後のナマエについてどうするべきか、どのようにお考えですか?」

斬島さんが問う。途端にわたしの鼓動は活発に動き始めた。わたしの今後。一体どうなってしまうのだろう。

「冥府に送るのでしょうか」
「は?それはぜってえ許さねえ」
「…平腹。すべての権限は肋角さんにあるんだ。そこは俺たちが口を出せることではないよ」
「無理。ナマエいないとかオレ無理だから。肋角さん、それはやめてくんねえかな?」
「…平腹はナマエにここにいてほしいのか?」
「そーです」

平腹さんが当たり前というような表情を浮かべている。そう言ってもらえるのはとても嬉しい。でも、すべては肋角さんが決めること、なのだ。わたしや平腹さんがなんと言おうと、それが覆ることはないだろう。
「…リコリス総合病院に出向いたとき、先生はなんと言っていた?」肋角さんと視線が絡む。彼はわたしに訊ねたのだ。同伴した平腹さんに訊かなかったのは、正確さが欠けると考えたのだろうか。

「死んだら“無”になると言っていました」
「そこまでは理解の及ぶことだ。それ以外には?」
「…“無”になったら、みんなの記憶からわたしが消えて、わたしが生きていたという証も全部消えてしまうって、言っていました」
「…そうか」

肋角さんは一度キセルを吸い、紫煙を吐き出す。「生きていた痕跡がすべて消滅してしまうのなら、ナマエが消えたとしても誰も気がつくことはないだろう」そう言われてどくんと胸が鳴った。そうだ、記憶も証も消えるんだったら、そもそも“わたし”が生きていたことさえも忘れられてしまうんだ。…それって、すごく、悲しいなあ。いやだな、と思う自分がいる。

「転生できない以上冥府に送る対象からは除外される」
「……」
「つまり、あとはナマエがどうしたいかだ」

───ナマエ、お前はどうしたい?肋角さんの赤い瞳に真っ直ぐ射抜かれ、わたしは思考する。
「…わ、わたし、は…」できることなら、消えたくない。消えたいなんて、思うわけがない。
「…消えたくない、です」そう言った声は震えていた。わたしは恐ろしかった。みんなの記憶から“わたし”が消滅することが。“わたし”がいなかったことになる世界が。

「そう思うなら、ここにいるといい」
「はい…、えっ!?」
「どうした?ここにいるのは嫌か」
「い、いいえ、そんなことはないです!むしろ、嬉しいくらいで…でも、あの、」

「本当にここにいていいんですか?」その言葉があまりにも“ふつう”に肋角さんから放たれたので、わたしは拍子抜けした。そんな、簡単に決めてしまっていいことなのだろうか。そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも。

「なんだ、不服か?」
「そ、そういうわけではないです。とっても嬉しいです!」
「なら何故躊躇う?」
「…あ、あまりにも普通に言われたので、驚いたというか…」
「もっと厳しい言葉を希望するのか?」

肋角さんはくつくつと笑いながらそう言う。「どうやらナマエがここからいなくなると、厄介な奴がいるようだしな」一瞬肋角さんの視線がわたしの首元へ向いた気がした。彼はやれやれといった風に紫煙を漂わせる。きっと、ううん絶対、平腹さんのことだ。
「あやことキリカの手伝いでもしてくれればいい」お屋敷の家事を手伝う代償にここにいていいだなんて、天秤にかけても釣り合いが取れなさそうなことだけど、それでもこのお屋敷にいられることが素直に嬉しかった。

「よっしゃあー!!肋角さんありがとう!」

平腹さんは大きくガッツポーズをする。正直、そこまで嬉しそうにされると恥ずかしくなる。顔に熱がのぼり、つい俯く。
「ナマエと一緒なら毎日が楽しいだろうなー」あ、あんまりそういうことは言わないでほしい!それこそみんなの前で!

「報告ご苦労。次の任務までゆっくり休むといい」

肋角さんがそう言うと、みんなは一礼して部屋から出るのでわたしも後についていく。そして部屋から出て扉を閉めると、みんなが一斉にこちらを振り向いた。

「これからもナマエと一緒にいられる!!」
「よかったな、ナマエ」
「正直俺も嬉しいよ」
「平腹うるせえ」
「肋角さんがそう言うのならば仕方ない」
「よかったね。おれも嬉しいな」

みんなが口々にそう言った。嬉しい、と言われてわたしも嬉しかった。消えずに済んで本当に良かった。

「みなさん、ありがとうございます…!」

お礼を言うと頷くひと、にこりと笑ってくれるひと、様々いる。そのなかで、田噛さんが「まさか魂を半分喰われたことでここにいられるとか、皮肉なもんだよな」とつぶやいた。わたしもそう思う。

「魂が完全なものだったら、それこそ獄卒さんたちの手で冥府に連行されていましたもんね…」
「ここにいられるという選択肢が真っ先に除外されるわけだからね」

「おれは祝いの酒でも飲もうかなあ」のんびりと木舌さんが言う。「木舌の場合は毎日浴びるように飲んでるだろう」「飲みすぎないように」厳しい言葉が斬島さんと佐疫さんから投げかけられていた。木舌さんは微笑んで続ける。

「大丈夫さ。嗜む程度だから」
「そう言って本当に嗜む程度に留められたことがないだろ」
「ははは。今日くらいは大目にみてくれよ」

がやがやと言葉を交わす獄卒さんたちを眺める。わたし、本当にここにいていいんだ。彼らと生活を送っていいんだ。その実感が今さら湧いてきて、気分が高揚する。
わたしは獄卒さんたちを見渡し、お辞儀をしながら言った。

「みなさん、これからも、よろしくお願いします」

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