獄都に行ったけど結局迷子になって終わってしまったし、ちょっとだけ残念。もうちょっといろんなところを見に行ってみたかったなあとか思ったり。
それにしても眠い。谷裂さんがわたしを見つけてくれたときにも寝てしまっていたようだし、この眠気は一体どこからやってくるのだろう。自然と瞼が落ちてくるのに必死に抗って、指で瞼をこする。うとうととした微睡みは気持ちのいいものだけど、なぜだか今はそう思えなかった。

「屋敷に着いたぞ。降りろ」
「う〜…」

眠気と戦っていると谷裂さんがそう言った。寝ぼけ眼で地上に足をつける。「まっすぐ歩け!」そんなこと言われても、あまりにも眠すぎて足元がおぼつかないのだ。

「ねむくて…すみません〜…」
「…お前、俺が見つけたときも寝ていただろう」
「……ぐう…」
「起きんか!!」
「いひゃいでふ…」

ほっぺをぐにぐにと引っ張られるけど、それでも意識は朦朧としている。今なら立ったままでも眠れそう。
「ナマエ!」奥の方の部屋から出てきた誰かにナマエを呼ばれる。言うまでもない、平腹さんだ。「谷裂ィ、やめろって。そういうことしていいのオレだけ」谷裂さんの手が払われ頬が解放される。いつだれがどこでそんなことを決めたのか。きっと平腹さんがかってに決めたことだ。

「んー?ナマエ、なんか元気ない?」
「すごくねむいんです……」
「…じゃあ部屋行く?」
「ふぁい…」

「飯までまだ時間あるもんなー。それまで寝とけば?」こころなしか平腹さんがやさしいきがする。ふつうのひとにとってあたりまえのことを彼がしでかすとふだんの行動もあいまって感動的なきもちになる。
とりあえずいまはただねむりたい。こくりとさがる頭をみかねたのか、体が浮く。腕を首の前に回されて、わたし、平腹さんにおんぶされてる。

「じゃ、部屋行くか!こうするとナマエと会った時のこと思い出すな!」

すでにはんぶん寝ている頭にはなんにも入ってこない。平腹さんがいろいろ話しているところもうしわけないが、わたしはそのまま意識を手放した。



背中に乗せている己より一回りも二回りも小さな人物が寝息を立てているのを聞き、心なしか鼓動が速くなる。部屋に到着し中に入ると、ベッドに腰掛け起こさないように相手を下ろし、横にさせる。どうやら爆睡しているようで、まったく起きるそぶりを見せなかった。

「…まつ毛長えなァ…」

まじまじと静かに寝息を立てるナマエを平腹はじいと見つめ、観察している。うっすらと開いているくちびるは淡い桃色で、思わず視線が釘付けになった。「……」ごくり。つい口内に溜まった唾液を飲み込む。眠っているナマエを見て、思わず良からぬことを考えてしまう。今ならなにをしてもバレることはないと。
そっと、ナマエの唇に指を這わせる。ふにふにとやわらかいそれは理性という糸を引きちぎりそうな威力を持っていた。「……」平腹はぶんぶんと頭を振り邪念を振り払おうと試みるが、どうもうまくいかない。
とりあえず悶々とした気持ちを誤魔化すようにナマエの手をとり、指を絡める。すると不思議なことに心が温かくなる自分がいた。ナマエを見つめる黄色の双眸は、どこか普通ではない色をのぞかせる。単純な愛情ではない何かを垣間見せるが、生憎相手の意識は夢の中だ。
規則正しい呼吸を立てながら眠るナマエを見ていた平腹はあくびをこぼした。どうやら眠気が伝染したらしい。彼はそのままベッドに突っぷすような体勢で眠りに落ちていった。



心地よい体温が手放される。たったそれだけのことなのに、彼はひどく狼狽し、怒り狂っていた。何故かは分からない。だが失った体温は、二度と手中に戻らないような気がした。平腹は吠える。憎らしい存在を抹消するかのように咆哮し、シャベルを振りかざした。

「……ぶっ殺す!!……んお?」

それが寝言だとまだ気づかない平腹は、夢と現実の差異にぽかんとした表情を浮かべている。「…アー、夢??」ぼりぼりと頭をかいてようやく状況を理解した。数回瞬きを繰り返し、そこでようやく気がつく。

「…ナマエ?」

ベッドで眠っていたナマエの姿がなかったのだ。ドクンと心臓が鳴る。これはあまりよろしくないことだと本能が叫んでいる。もしかしたら食堂に行っている可能性も考えられるが、そうではないことを平腹は確信していた。それくらい彼の野生の勘は当たるものだった。

「やべえかも。はやく見つけねえと」

そういうが否や、平腹は弾け飛んだように一階へ降りて行った。

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