高い位置から見下ろされる。帽子を目深に被っているからか、目には黒い影がかかり、その闇の中で青色の瞳がわたしを殺さんとばかりに輝いていた。顔色は青白く、彼が亡者を裁く獄卒のひとりであることがわかる。でも彼らが相手にするのって、悪いことをした亡者だけという認識だったのだけど。
つまり、なにもかもすべて、彼の勘違いが現状を生み出してしまったのである。このぉ…わたしがビビりでなければ声高らかに反論していたというものを!

「悪事をしでかした亡者には、然るべき罰を受けてもらう」
「わ、わ、たしぁ」
「…命乞いのつもりか?無駄だ」
「ち、が…っちがう!ちがいます!あなたの、勘違いというものです!」
「暴れるようなら、力ずくでも連れて行くぞ」

この廃校には、彼らが標的としている亡者がいるらしい。そんなバッドタイミングでここを訪ねてしまったわたしは、生前の不運という属性を死んでもなお捨て切ることができていないようだ。
青い目の獄卒さんが、なにやら物騒な…刀、を、鞘からスルリと抜いた。鋭利な刃先がわたしの方を向く。わあ!どうしよう!確かにわたしはもう死んでいる身だけど、こんな勘違いで本当に消えちゃうなんてたまったものじゃない。「大人しくついて来る気になったか?」だって、だって、わたし本当に何もしてない、いい亡者です。
目で必死にそう訴えかけていると、突如目の前の獄卒さんが後ろを振り返った。つられてわたしも彼の視線の方向に目を向けてみると、床には赤い足跡がついている。半透明の赤い足も見えた。なにがなんだかわからなくて目を白黒させていると、獄卒さんは怪訝そうな顔をして「お前じゃないのか」と、今更ながら真実に気がついたような口ぶりでそう告げた。

「そうです!わたし、さっきからそう言」
「悪かった。俺は先を急ぐ」
「え……あ、ああ……」

散々ひとに…亡者に迷惑をかけておいて、それはひどいんじゃないかな…。でも去り際に謝ってくれたし、きっと悪いひとではないのだろう。たぶん…。
しかし、彼らがターゲットとする亡者がこの建物にいる限り、同じ亡者であるわたしがここに長居するにはあまりに危険すぎる。とばっちりをうけるという意味で、とっても危ない。さっさと退散した方がよさそうだ。

フラフラしながら階段を降りて玄関に向かい、外に出る。なんてことない行為。でもわたしの憎き属性が、またしても行く手を遮るのだ。

「わっぶふ」

ぐにゃ、と床とは思えない何かを踏み、バランスを崩したわたしは、そのまま不恰好に顔から転んだ。い、いたい…傷は時間が治してくれるものだけど、痛いものは痛い。「痛ぇだろ!!セッカク気持ちよく寝てたってのによー……あ?なに、オマエ誰??」擦りむいた鼻を手でおさえ、クラクラするのを落ち着かせようと床に座り込んでいると、またしても大きな影が、今度は後ろから覆いかぶさった。ヒエッ。
ギ、ギ、と鈍い動きで後ろを振り返ってみれば、深い緑色。足だ。次いで徐々に視線を上げ、やがて顔に到達すると、そこには。黄色の瞳を持った男が。やたらと笑顔の男が!大きな声で怒鳴られたものだから、憤りに満ちた顔をしているのかと思いきや満面の笑み。正反対の感情表現に、より一層恐怖心がむくむくと湧きあがる。

「あ、ご、ごめんなさい!」
「んお?…オマエ、もしかして斬島の探してるヤツ?」
「きりしま…?誰ですか?」
「オレ捕まえといた方がいい?なァ田噛〜コイツどう思…っていねェー!!」
「ひ」
「あいつどこ行ったんだ?」

考える様子を見せながらも、彼の視線はずうっとわたしにブッ刺さっている。恐ろしい。どうして常に笑っているんだ。逃げよう。こわい。
わたしは立ち上がって全力で駆け出した。「あーっ!待てよ!!」「ひいっ…やー!」追いかけてくる黄色の獄卒さんと、逃げるわたし。降りてきたものとは違う階段を登って上の階に上がって、右に曲がって、玄関に向かわないあたり相当パニックになっていたのだろう。そしてこの校舎の作りをまんまと忘れていたのだ。教室が並ぶ廊下の先が行き止まりである、ということを。

マズイ、困った、どうしよう!

「…っそうだ、教室……!」

教室の中を通ってUターン、そう考えた。でも、ガァン!と鼻先スレスレに壁に当たったのはシャベル。ガランガラン、床に落ちたそれはわたしの足元に転がる。「!?…!?」驚きと恐怖があいまって、足がすくんで動かない。

「おー、止まった止まった」
「あ…ああう…」
「ま、一応な?頼まれたわけじゃねーけどさぁ、逃げられると面倒だし?」
「えっ」
「ん?」
「あ、あのぅ…」
「んー?」
「ひ!わたし、あの、なんにもしてませんが!?」

黄色の獄卒さんは、下手したら先ほどの青いやつよりも性質が悪そう。何を考えているのか分からない笑顔に、シャベルを投げつけてくるという突拍子もない暴挙。だからわたしの言うことに耳を貸してくれないだろうなぁ…とは思いつつも、微塵の希望にもすがりたいわたしは、なりふり構わず主張する。すると彼は「え、そうなの?」と、意外にも聞き分けのいい反応を見せて、逆にこっちがポカンとした。

「???なにその反応。やっぱなんかした?」
「…い、いいえ!?本当の本当に、なんにもしていないです!」
「そっか。オレの勘違いかー」

なぁんだ、と呟かれたけどどうして残念そうなのか。「でもさ」腕を組んだ獄卒が言う。まだなにかあるのかこのひとは!

「オレ、今ちょーヒマなんだよね」
「うえぇ…知ったこっちゃないです…」
「あ。それ拾ってよ」
「?」
「シャベル!」

拾わせるのなら投げなければよかったのに…。そうは思いながらも、何も言わずに律儀に従うわたしの情けなさ。でもそれは、この獄卒さんの行動が予測不能ということもある。突然殴りかかってこられても、わたしの運動神経ではどうせ逃げられやしないことは承知しているのだ。弱者は強者に服従するしかないということか。結局は、自分の身が一番かわいいのである。
かるく屈んでシャベルを拾い上げる。視線を床に下げること数秒、その間に獄卒さんは距離をぐっとつめてきた。

「オマエ、オレの言うことに従ってくれんだ!」

上から見下ろされながら、興奮したように言われた。ん?んん?なんだか嫌な予感。

「オレ、いっつもこき使われる方だし。でも気分いいなーこういうの」

なんだと。ま、まさかこれは…。

「オマエさ、オレのパシ」
「言わせるかぁー!!」

わたしは拾ったシャベルを振り上げた。どうせ獄卒さんは死なないらしいので、ひと思いにぶん殴ってさっさと───……シ、シャベルが、動かない。前にも後ろにも、右にも左にもビクともしない。

「オレね、力には結構自信あんだよね」
「へ、へえぇ〜…たしかに!すごーいカッコイイ」
「マジ?マジ??」
「う、うんマジ!……」
「んでー、どうする?こう見えてオレも獄卒だし、オマエを冥府に送ることもちょちょいと出来ちゃうわけ!」
「……ひええ」
「まだ消えたくないだろ?冥府には行きたくないよな?」
「あ、う、う」
「っつーことで!よろしくなオレのパシリ!」

よろしくしたくないです。

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