なんとなく気分が低迷したまま、平腹さんに引きずられるようにして食堂にやってきた。扉を開いた先には、木舌さんに田噛さん、そして谷裂さんがいる。ほかのみなさんはお仕事に行っているのだろうか。
「ナマエ、なに食べたい??」腹の虫を鳴らしている平腹さんにそう訊かれたけど、とにかく食欲がなかった。しかし彼の爛々とした目を見ていると、なにもいらないだなんて言葉は口にできそうにない。なので、とりあえず「じゃあ、あの…パンがいいです」と答えると、平腹さんは席を取っておくよう言い残して奥の方へと走っていった。どうやらわたしの分も持ってきてくれるらしい。
そういえば、一昨日もそうだった。あのときはここに連れてこられたばかりで右も左もわからない状態で、気がついたら目の前にチャーハンが!なんて感じだったけど…。なんとなくでしか現状を理解しきれていない今も大概なものなのかも。

厨房で女のひとと話している平腹さんを横目に、わたしは彼の言いつけ通り、ふたりぶんの席を確保した。椅子を引いて腰かけると、よろよろと大きな影が近づいてきて、目の前に落ちる。「ナマエ〜おはよう」視線を上げれば、そこには木舌さんがいた。彼は大きいから、座りながら見上げると首がちょっとだけ痛い。

「おはようございます。…木舌さん、なんだか疲れて」
「あれっ?あんまり眠れてないの?」
「えっ?は、はい…たぶん、そうなのかもしれないです」

どこか疲労が伺える木舌さんに疑問を投げかけようとすると、彼は私の言葉を遮ってそう言った。「なにか、変な夢を見た気がして…内容はおぼえてないんですけど…」目の前の椅子を引き腰掛けた木舌さんにそう言う。彼は「そっかあ」といい、なにか考えるそぶりを見せた。

「ナマエ、今日ひま?」
「特に予定はないです」
「よし、それじゃあおれと一緒に獄都に行こうよ」

木舌さんは名案だと言うかのようににこりと笑った。平腹さんみたいな、こわい笑顔じゃなくて、本当に純粋な笑顔。こんなこと平腹さんにら言ったら絶対に痛い目を見るだろうから口が裂けても言えない。

「獄都、ですか?」
「うん。ちょっとばかし用があってね、行く予定だったから」

「いい気分転換にもなると思うよ」なるほど、木舌さんはわたしに気を遣ってそう言ったのか。でも、獄都かあ。ちょっと気になる。地獄の都、一体どういうところなのだろう。

「ナマエー!パン持ってきた!」

ぼんやり考えていると、平腹さんが帰ってきた。持っているお盆には唐揚げ定食とサンドウィッチ。当たり前のようにわたしの隣の席にガタガタと音を立てて座る。「平腹。今日ナマエを借りていいかな?」木舌さんが微笑を浮かべながら言う。

「は?無理」
「えっ、ど、どうしてですか」
「そうだよ平腹。あまりナマエを束縛しちゃいけないよ」
「ソクバクなんてしてねーよ。けどナマエはオレと一緒の方がいい」
「……」

唐揚げと白米をものすごい勢いで食す平腹さんは頑なに木舌さんの提案を拒んでいる。一体どうして…わたし、なんにも予定ないのに…。「ナマエはオレと遊ぶって今決めたから無理」平腹さんと遊ぶだなんて四肢が欠けてしまいそうだ。

「平腹。きみにそんな余裕はないはずだ」

そう言いながら扉を開けて入ってきたのは佐疫さんだ。もぐもぐと咀嚼を続ける平腹さんに言い放つ。「昨日解決した件の報告書。まだできてないじゃないか」どうやらお仕事したあとの書類が未完成らしい。それじゃあわたしは木舌さんと獄都に行けるってことだ。

「げえっあとでやるし!」
「そう言って守れた試しがないだろう。ナマエちゃんのことはいいから報告書をまとめなよ」
「…ちぇっ、めんどくせえなあ」
「じゃあ、ナマエはちょっと借りるね」
「木舌ァ、ナマエに変なことすんなよ」

変なことってどんなことだろう。少なくとも木舌さんが平腹さんのような暴挙にでることはまずない。だから彼の言う“変なこと”は起こりえないと覆う。なんて、口に出せないけど…。
でも、これでわたしは獄都へ行けることが決定した。楽しみだなあ。こんな気持ちになったのは死んでから初めてかもしれない。

「食事を済ませたら行こうね」

微笑みながらそう言った木舌さんに、わたしはコクコクと頷いた。

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