おそ松さんとカラ松さんに遭遇してからは、それはもう賑やかなんて言葉で言い表せる状況ではなかった。まずおそ松さんの「あ、なんか酒飲みたくなってきた。ね〜ビール飲みに行こぉ〜?」という衝撃的な発言に始まり、目的地とは違うお店に連れて行かれそうになる。そしてカラ松さんとは会話ができない。「虚空に君臨せし紅輝の元に俺は」とかなんとかちょっと意味の分からないことを言うのだ。わたしはコミュニケーションを図りたくて仕方がない。カラ松さんさっきまではすごく普通だったのに。どういうことなの。それに、おそ松さんもおそ松さんだ。こんな真昼間からお酒を飲むだなんて、普段どんな生活を送っているのか、はなはだ疑問である。
そんな二人に振り回されつつも、どうにかこうにかして身を削り、ようやっと目的の雑貨店に到着した。わたしの体力は、すでに赤いゲージを示している。ここまで辿り着けただけでも大きな一歩と言えるだろう。

「んで、何買うんだっけ?」
「チビ太さんへのお礼の品です……」
「ああーそうだった!悪いね、興味ないことってすぐ忘れちゃってさあ」
「だが、ストラップしかないな」
「本当だ……。それになんか、商品を悪く言うわけではないんですが……お礼にするには安すぎませんか?」
「チビ太には安物がお似合いだよ」
「要はハートだぜ」
「でも、さすがに」
「大丈夫大丈夫!チビ太のおでんに対する愛情はマジ半端ないって。最早おでんしか食べられない身体だし」
「!?」
「ああ……奴はおでんしか口にできない人間なんだ。それ以外の食べ物は目にしただけでもアレルギー症状が出現する、言わばおでんを愛し又愛された罪深き男……」
「だから買うならコレしかないと思うけど」
「同意見、だな」

完全に納得することができずに考えあぐねていると、二人がぐいぐいと背を押してきて、気がついたらストラップを購入していた。税込540円の買い物である。本当にこんな安物でいいのかな。でも、わたしより付き合いの長い二人が言うのだから、この選択に間違いはない……はず。たぶん。
しかし、最近のストラップは本当にリアルにできている。値段の割に精密である作りは、ついまじまじと眺めてしまう魅力を持っていた。そんなにおでんが好きなら、喜んでくれるだろうか。迷惑じゃないといいなあ。税込540円だけれど、まあそこはカラ松さんの言うように、感謝の気持ちを込めて補っておくとしよう。
さて。次に買うべきものは、おそ松さんとカラ松さんに渡すものだ。とはいえこちらも急遽決まったことのため、当然頭の中にはなんの計画も立てていない。困ったな、と思ったけれど、そういえば先ほどおそ松さんがビールを飲みたいと言っていたことが脳裏を過ぎる。まだ時間は早いけれど、もう少し日が暮れてから居酒屋に行って奢る、というお礼もアリかもしれない。そのことを提案してみると、二人は嬉々とした表情を浮かべたものの、すぐに悩むような顔つきへと変わった。

「酒かぁ。それもアリだけど、やっぱここは形に残るものが欲しい!そしたら自慢できるし」
「自慢?」
「俺は女の子からプレゼント貰えるような男だって、弟達に知らしめることができるだろ?」
「えっ?」
「戦争の予感───……しかし俺は屈することなく、己の拳を血潮に染め、数多の亡骸の上に降り立つ孤高の狂戦士となる───……!」
「……えっ?」

戦争?血潮?亡骸?なんだろう、この、おどろおどろしい単語の羅列は……。プレゼント一つで、そんな戦場と化す場所が日本にあるというの。しかも、こんな身近なところに。「ぷぷ、あいつら絶対驚くよなあ。ま、結局は誰もこの長男様には適わないってことを教えてやるとするか」おそ松さんはそう言って、指の関節をバキボキと鳴らし始めた。えええ、どうして戦闘体勢になっているの。こ、こわい。もう松野家がこわくてたまらないよ。
自分が買ったプレゼントで流血沙汰になるだなんて、そんな話を聞いたからにはどうも実行するのは憚られる。どうしたものか。いっそのこと、みんなに何か買ってしまえばいいのかもしれない。そうしたら全てが平和に済むはず。六人中二人とはまだ遭遇したことがないけれど、そこはいつもあなたたちの兄弟にはお世話になっているので〜という風に伝えてもらえれば、なんら不自然なことではない、と思う。お、おお……これは中々いい思いつきじゃないかな。ようし、そうしよう。

「何かほしいものはありますか?」
「そりゃ勿論おかムグモガッ」
「おか……?」

丘がほしいだって……!?さすがにそれは無理だなあ。というかカラ松さん、そんな必死の形相でおそ松さんの口を塞いで、一体どうしたんだ。二人の様子を見守っていると、やがて解決したのか解放されたおそ松さんが「あ、危なかった……ついいつもの癖で」と焦ったように言った。いつもの癖とは。

「なまえちゃんが選んでよ。うんと気持ち込めたヤツくれたら、それでいい」
「カラ松さんは?」
「俺は……いや、俺もそれで構わない」
「そうですか……う〜ん」

つまり、二人ともわたしにお任せすると。チビ太さん然り、男のひとへのプレゼントはあまり経験がないものだから、正直悩むところがある。とりあえず、店内を見て回らないことには始まらないので、まずは足を動かそう。
あれでもないこれでもないと苦悩していたら、やたらとカラフルなスペースが目に入った。近くによってみれば、携帯灰皿と書いてある。灰皿かぁ。確かおそ松さんと初めて会った時、彼は喫煙者だという話を聞いたような。記憶を掘り返そうとしていれば、後ろから「それに目をつけるとは、流石だぜマイエンジェル」という声が。これはもしかして、好感触なのかも。

「おそ松さん、タバコ吸うって言ってましたよね」
「お〜、覚えててくれたんだ。すっげえ嬉しい!」
「六人とも喫煙するんですか?」
「ん?うん、まあ。……なんで?」
「フフ、俺には分かるさ。視えるんだ……天使の思考が全て、な」
「いったたたた」
「六つ買おうと思いまして」
「……え、まさか全員に買うってこと?」

頷けば、おそ松さんは凄まじい顔になり「それじゃあ俺の計画がぁあ!」と叫んだ。周りの視線が突き刺さるのを全身で感じる。慌てて宥めると、彼は思いのほかすんなりと落ち着いてくれたのでよかった。これで駄々をこねられたら全力で逃げているところだった。

「止めといた方がいいと思うよ?変な勘違いする奴いるから。これ絶対ね。特にチョロ松。あいつマジで女の子のこと絡むとポンコツなるから。クズになるから。童貞力発揮しちゃうから」

すごい言われようだよチョロ松さん。

「でも、ここはわたしも譲りませんよ……さっきの話を聞いておきながら、お二人だけにプレゼントを買うなんてことできないです。そしてこれはわたしの望みでもあります。ぜひ買わせてください」
「え〜……残念だなあ」
「カラーバリエーションも豊富ですし、みんな違う色を買いますね」
「六つ子カラーが揃っているとは、運命としか思えないな」
「あー、それは確かに。言えてる」
「六つ子カラー……?」

おそ松さんは赤色、青色、緑色を、カラ松さんは紫色、黄色、桃色の灰皿をそれぞれ取った。どうやら六人の中で身につける色が決まっているみたいだ。そこで、いつも服のどこかに紫色が入っている一松さんの姿を思い出す。なるほど、つまりそういうことかな。
購入決定ということで、わたしたちは六つの携帯灰皿を手に持ち再びレジへと向かう。その途中で、わたしの視線があるものに釘付けになった。ネコのシールだ。シルエット調になっていて、おしゃれな作りの、素晴らしい一品である。とてつもなくかわいい。これも買っていこう。そう考えて一つ取り、まとめて会計をした。
おそ松さんがプレゼント用の包装は必要ないと言ったため、お言葉に甘えて普通の袋にいれてもらうことに。それからは店にいる理由もないので外に出ると、二人はずずいと手を差し出してきた。

「灰皿ちょうだい」
「あ、さっそく使ってくれるんですか?」
「吸うわけじゃないけど、持ちたいな〜って」
「そ、そうですか。うれしいです」
「……俺はこれを墓まで持って行くと誓おう」
「それは大袈裟すぎる気が……」
「袋も俺が持つよ。貸して」
「いいんですか?ありがとうございます」

一時はどうなるかと思ったけれど、二人とも喜んでいるように見える。よかったよかった。これでミッションは無事終了だ。
さて、後はこれからどうするか、である。用事は全て終わらせたし、もう家に帰ってもなんら問題はない。おそ松さんたちに何か予定はあるのだろうか。訊ねようと思い口を開いたら、声を発する前に「あれ、トド松いる」という言葉に遮られた。

「トド松?」
「ほら、あそこに帽子被ってる奴いるだろ?あれ一番下」
「逢引中、か……フッしかし今日は俺達も」
「……あ、本当だ。確かに同じ顔ですね」

指差された方向を見ると、そこには末弟であるらしいトド松さんという方と、彼と一緒にいる女の子がいた。……なんかあの女の子、見覚えがあるなあ。目を凝らして観察してみれば、突き刺さるような視線を感じたのか、彼女が顔を上げる。パチリと視線が絡んだ。すると相手は目を丸くして、わたしも同じような状態になる。だって、あのこは。

「なまえじゃん!うわ、奇遇だね〜!」

友人だったのだから。
トド松さんを置いてこちらに手を振り近づいてくる。置いてきぼりをくらったトド松さんはギョッとしたような表情を浮かべ、硬直していた。遊んでいたはずなのに放置していいのかな、と考えている内に、彼女は目の前までやってきてしまった。

「なになに?これ、どういう状況?男二人と一緒って。しかもトド松君と同じ顔じゃん!?え!?」
「助けてもらったんだ〜。二人はトド松さんのお兄さんだよ。六つ子なんだって」
「六つ子!?へ、へー……初めて見た」
「ところで、トド松さん放っておいていいの?デート中なんじゃ」
「あは、違う違う。ほら、前言った気の合う友達って彼のこと」
「あ、ああ、そうなの」
「それに、今日これからバイトなんだ。急に連絡きてさぁ。来れるなら来てーって」

怠いけど行くしかないし、と友人は言った。わたしは頑張ってね、と伝えてから世間は狭いなあと思う。まさか彼女が、つい最近知り合った六つ子の一人と親交があっただなんて。「ほんとは少し話したいんだけどさ、時間ないんだ。ごめん、もう行くよ」その言葉にハッとした時には、既に友人は腕時計を確認しながら遠いところにいた。
小さくなっていく背中を見送っていれば、「俺達もここから離れようか」との提案が。返事をする前におそ松さんが歩き出すものだから、慌てて追いかける。なんの迷いもない足取りに加え速足なので、運動不足の身体にはなかなか応えるものがある。やや弾む息に多少の苦痛を感じつつ店の並ぶ通りから抜け、やがて橋に到着した。それでも彼は足を止めない。恥ずかしながら、わたしはもう息切れを隠せそうになかった。ゼハゼハと呼吸を乱していると、その異変に気がついたのか、漸くおそ松さんの動きが止まり後ろを振り返る。た、助かった……。

「あ、ごめん。つい」
「はあ、ふう、ひい」
「もう、女の子を気遣えない男はモテないよ?おそ松兄さんっ」
「うーわー……露骨にスルーしたのに。お前メンタル強すぎじゃない?」

必死に息を整えようとしていると、後方から近づいてくるひとの気配。「ねえきみ、大丈夫?うちの兄さんがごめんね?」覗きこんで労りの言葉をくれたのは帽子の……トド松さん、だった。おそ松さん、彼をスルーしようとしていたのか。どうりで唐突だったわけである。
しかし、なかなか呼吸の乱れが治らない。こうまでも疲労してしまうと、運動不足という領域ではなくて、自分が年を取ってしまった線の方が濃い気がする。なんて悲しいんだ。

「大体さぁ、どうして無視しようとしたの?こんなかわいい弟を無視するなんて信じられないよ」
「お前……人のことは無視しておいてよく言うよ」
「ふうふう」
「え〜なんのことぉ?僕わかんなあい」
「俺、前他人のフリされたこと根に持ってるんだけど」
「はあふう」

わたしの乱れた呼吸が、まるで合いの手のようだ。はずかしいとは思いつつも、どうにもならない。すると今まで黙っていたカラ松さんが「だ、大丈夫か?」と話しかけてくれた。なんだか心配そうな表情を浮かべているけれど、これはわたしの体力のなさが祟ったものでしかないため、逆に申し訳ないなあと思う。「……ここは自然の包容力に全てを委ねよう」そのまま欄干の方へ導かれ、二人で川の流れを眺めることに。果たしてそれに効果があるのかは分からない。でもその気配りが、素直に嬉しいと感じた。カラ松さん、時折何を言っているのか分からなくなるけれど、今はすごくいい男オーラが出ている。

「ってお前一人だけいい顔してんじゃねぇええ!」

怒声。からの、衝撃。視界がぶれたと思ったら、欄干に置いた手がずるっと落ちる。体重をかけていたものだから、身体が浮遊感に包まれて、足が地面から離れて、あれ?これ、まずくない?「うわぁあああぁあ」同じようにして隣に立っていたカラ松さんが悲鳴を上げる。わたしも上げたかった、でもそんな暇も与えられずに、身体が欄干を越えてしまう。う、嘘だぁ。「あっぶね!」重力に従って落ちていくと、急いたおそ松さんの声がして、手に持ったバッグを掴まれた。しかし、どう考えたってわたしの救出は無理そうである。バッグが川に落ちるのはこうして免れたけれど、残念ながらわたしとカラ松さんは、文字通り自然の包容力に全てを委ねることになってしまったのだ。

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