前日の天気は嘘だったかのように、今日は太陽が日光を降り注いでいた。なまえは宮田から借りた傘を持ち羽生田村へ訪れる。けれども日中である内は仕事が忙しいであろうと考え、とりあえず美耶子を探すことにした。宮田に会うまでの時間を彼女と過ごそうと考えたからだった。
 試しに美耶子と初めて会ったところへ行ってみると、そこには先客がいた。美耶子ではない、彼女と同じ年頃くらいの少女だった。

「? ……もしかして、みやちゃんと知り合いですか?」
「みやちゃん?」

小首を傾げて問われると、なまえの頭の中が疑問でいっぱいになる。語呂から言って美耶子のことかと思いつき、それを口にしようとすると、それよりも先に少女が口を開く。
 「あっ、美耶子ちゃんのことです」慌てて付け加えられた名前に、なまえは己の推測が間違っていなかったことに頷いた。

「うん! 美耶子ちゃんと友だちなの」
「そっかあ。私、四方田春海って言います。みやちゃんと最近仲良くなったんです」
「わたしはなまえっていうの。よろしくね」

 もしかして昨日会えなかったのは、彼女と会っていたからなのかもしれないと考えた。
 「昨日ね、美耶子ちゃんと会えなかったから、ここで待っていたら会えるかなあって思ったの」なまえがそう言えば、春海はなるほどと首を縦に振る。そして春海も「私もそう思って来たんです」と言った。

「実はね、プレゼントを渡そうと思って」
「プレゼント?」
「うん! ……これ、この人形なんだけど」

 春海の手には、黒髪の人形が握られていた。長髪で肌が白く、それは美耶子を連想させるものだった。
 「美耶子ちゃんにそっくりだね」なまえが感心しながらそう言えば、春海は嬉しそうに口を開いた。

「うん! これ、みやちゃんだから」
「え〜! すごい、上手だねえ」
「えへへ、嬉しいな」

 照れたように頭を掻く春海になまえは微笑みかける。「美耶子ちゃん、絶対喜ぶよ」そして自分も何かプレゼントできるものはないかと考える。あいにく物は持っていなかったけれど、周りを見渡せば花が咲き誇っている。そこで花かんむりを作ろうと思いついた。

「わたしも美耶子ちゃんにプレゼントつくる!」
「花かんむりですか? 嬉しいと思います!」
「だといいなあ」

 隣で様子を眺めていた春海に微笑みつつ、なまえは一輪、また一輪と花を摘んでいく。そしてふたりは地面に腰を下ろすと、茎を編んでいく作業に没頭した。
 慣れたような手つきで花かんむりを作っていくなまえに、春海は声をあげた。「すごい。なまえちゃん、じょうずだね」その言葉に、なまえは笑む。

「わたしね、おじいちゃんとおばあちゃんの家によく来るんだけどね、そのときに教えてもらったの」
「今、おじいちゃんとおばあちゃんの家にいるの?」
「……?」
「? どうしたの?」

 なまえはふと、思い悩んだ。今自分は何を言おうとしていたのか、記憶がごっそり削り取られたかのような感覚に襲われたのだ。なぜ羽生蛇村を訪れているのか? 自分はここで何をしているのか? そもそも祖父母とはどのような顔だったのか? 何故かそれらを思い出せないことに疑問を抱いたのである。

「う、ん。おじいちゃんとおばあちゃんの家にいるはずなんだけどね、えっと……」
「そっかあ。私は今夏休み中だから、みやちゃんといっぱい遊びたいなあって思ってたの」
「……! そう、そう。わたしも夏休み中で、それでおじいちゃんとおばあちゃんの家にいるんだった」

 まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。しかしいざ思い出してみると、なぜこんなにも当たり前のことを忘れてしまったのか、そちらの方が不思議だった。
 そしてふたたび花かんむりを編み始める。完成するまで時間はそうかからなかった。一つ目が出来上がると、なまえはふたつめのかんむりを作ろうと、次の花を集め始める。

「? もう一つ作るの?」
「うん。これは、別のひと用に!」
「え、誰に?」
「……秘密!」

 「え〜教えてよう」「秘密!」くすくす、ふたりは顔を見合わせて笑い合う。
 すると、がさがさと草をかき分ける音が聴こえた。ふたりが振り返ると、そこにはケルブと美耶子の姿があった。

「みやちゃん!」
「美耶子ちゃん!」
「……なんだ、ふたりとも、友達なのか?」

 日焼けを知らない白い肌、日光が反射するサラサラとした漆黒のなめらかな髪。ケルブに頼って歩んできた美耶子を見て、ふたりは仲良さげに笑いあった。

「ねえねえ、美耶子ちゃん」
「ん?」
「春海ちゃん、美耶子ちゃんにプレゼントあるんだって!」
「それを言うならなまえちゃんもあるよ!」
「……なにをくれるんだ?」

春海は両手を開き、美耶子にそっくりな人形を差し出す。すると美耶子は目を輝かせて、「すごい……」と呟いた。

「上手だよねえ! わたしびっくりしちゃったもん」
「ああ、すごい……これ、もらっていいのか?」
「もちろん! みやちゃんにあげるために作ったんだから」
「……嬉しい。ありがとう」

嬉しさのあまり口元が緩む美耶子を見て、なまえと春海は共に喜び綻ばせる。。そし 「次はなまえちゃんの番!」と言われ、なまえは花かんむりを美耶子と頭の上に乗せる。

「うん。似合ってる」
「……これは、花かんむりか?」
「そう! わたしもなにかプレゼントできたらいいなあって思ったんだけどね、これくらいしか思いつかなくて」
「……いい。すごく嬉しい」

 ありがとうふたりとも。小さく呟かれた言葉は、この場にいる皆を幸せにする言葉だった。これからもずっと友だちでいようね。三人は顔を見合わせてそう約束する。それは切っても切れない縁で結ばれているかのような約束だった。しかし、それでよかったのだ。少なくとも、春海と美耶子はそう確信していたから。



 十八時。宮田医院は診療時間を終え、鍵がかけられる時間帯だ。なまえはぱたぱたと急ぎ足で医院の中へ入る。
 「もう診療時間は終わりましたよ」そう言ってきたのは恩田だった。

「あ、ご、ごめんなさい。でも、あの……」
「なまえちゃんじゃない。どうしたの?」
「宮田先生に会いたくって、……」
「……そう。先生なら休憩室にいると思うけれど」
「あ、ありがとうございますっ!」

 奥の部屋を指差す恩田に、なまえはぺこりと頭を下げると、急ぎ足で扉を開ける。すると中には帰り支度を整えている宮田がいた。彼はなまえに気がついたのか手を止め、彼女の元へ歩み寄る。

「ああ、傘ですね」
「は、はい。ありがとうございました。おかげで風邪を引かずにすみました」
「……いえ。お気になさらず」
「……そ、それと、あのっ」
「……?」

 後ろ手に隠していた花かんむりを宮田の目の前に差し出す。「こ、これ! お礼といいますか……と、とにかく、つくったので!」色とりどりの花で結ばれた花かんむり。それは無愛想な宮田には似合わぬものであったが、彼は一瞬瞠目すると小さく口角を上げた。

「……かわいいひとだな」
「!?」

 その言葉に今度はなまえが瞠目する羽目になった。どきどきと鼓動が加速する。かわいいと言われたことに対しても、微笑んでくれたことに対しても、なまえの胸は高鳴ったのだ。
 宮田はおもむろに椅子へ腰かける。するとなまえはごく自然な流れで宮田へ近づき、頭の上に花かんむりを乗せた。乗せてから、ハッと我に返り、「あっ、ご、ごめんなさい」と慌てて謝る。宮田が嫌がることを案じてだった。

「なぜ謝るんです」
「い、いやかなあって思ったので……」
「……嫌じゃないですよ」

「なまえだったら」その言葉に、なまえはひどく動揺した。宮田と接触していると、彼はどうやらなまえに何かしらの感情を抱いている節が見られるからだった。その感情とは決して嫌なものではなく、寧ろ好意に近しいからこその動揺だった。出会ったのはここ数日のことであるがゆえに、なぜそのような感情を向けられるのか、甚だ不思議でならなかった。

「それならよかったんですけど……」
「……もう日が暮れますね」

 窓から外を眺める宮田を見、なまえも視線を窓の外へと移す。太陽が沈みかけていた。そろそろ帰らねば祖父母が心配する。なまえは宮田にそう言うと、彼は静かに頷き言った。

「この返礼は必ず」
「えっ! わ、わたし、そんなつもりじゃ」
「……」
「……み、宮田先生?」
「……では、約束をしましょう」
「約束、ですか?」

 なまえがきょとんと目を丸くすれば、宮田は真っ直ぐになまえを見つめ、口を開く。

「何かあったら俺を頼ってください」
「……あ、ありがとうございます!」
「それこそ、匿うことだってできますから」
「ふふ、“何かあったら”、そのときはよろしくお願いしますね」

 宮田の言葉を冗談と捉えたなまえがくすくすと微笑みながらそう言う。彼女の言葉に宮田は表情を変えず確かに頷いた。
 太陽が落ちると森の中は闇に包まれる。日没がくる前に帰らなければ。そしてなまえは宮田と恩田に頭を下げ、医院を後にした。

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