ガロウはハッと目を覚ました。どうやら気を失っていたらしい。記憶にあるのは誰かに殴られたことくらいである。放心状態で上体を起こすと、近くにいたタレオが心配そうな面持ちで「おじさん大丈夫?」と声をかけてくる。ガロウはそれに慌てて口を開いた。

「俺が負け……!?どっ……どんなヒーローだった?」
「覚えてないの?当たりどころが悪かったんじゃ……」
「あっ、いや、それよりもナマエだ。ナマエを見なかったか?」
「お姉さん?見てないけど……」

 ガロウは食い逃げした自身を追いかけ静粛した───とはガロウは微塵も思ってもいないが───ヒーローを追うことよりも、ナマエの行方を気にかけているようだった。日中ジェノスたちとの戦闘のときにこの場を去るよう言ったナマエの行方を。
 公園で合流できるかと淡い期待を抱いていたものだったが、しかしどうやら憶測通りとはいかないらしい。
 また、そこでタレオと再会することになるとは思ってもみなかった。ガロウは惨めにいじめられていた彼と彼の同級生に喝を入れた。つまり再度タレオを“助けた”ことになる。しかしいざそれを言葉として表出されると、「鳥肌が立ったぞ」と額に青筋を浮かべたのだった。
 加えて名も知れぬヒーローに失神させられるとは!ガロウは己が敗北を喫したことを受け入れられなかったし、そもそもそれはなにかの間違いだと、そう思わずにはいられなかった。
 タレオがナマエのことについて何か知っているかと問うも、残念ながらそれも手がかりの内には入らなかった。
 すると、突如としておどろおどろしい声が落とされた。

「───ガロウくんって私達とは違うね」

 バサバサ、ギャアギャアと烏が飛び立つ。それを背景に、ふたりの怪人───キリサキングと、蟲神が目の前に出現した。ギョロギョロがガロウが怪人協会の根城を出て行くときに監視をするようを命じたからだ。
 「おいクソガキ……ボーッとしてねえでさっさと帰れ」ガロウは今この場にタレオがいるのを煩わしく思った。そして今すぐ立ち去れと口にするが、タレオの視線はキリサキングを突き刺している。
 「なんで……こんなところ……に……」タレオの手から落ちたヒーロー名鑑のページが風でめくれる。そこには都市伝説として扱われているキリサキングのことが記載されている。
 タレオは泣き叫び、悲鳴を上げた。そしてへたりと尻餅をつく。
 「しっかりしろ!泣いてねーで立つんだよ!!」ガロウがそう叱咤するも、タレオは立ち上がることができない。
 そしてキリサキングはふたりの元へと歩み進む。ガロウはこれ以上距離を縮められればタレオに悪影響が及ぶことを危惧し、近寄らぬよう「おい止まれ!話はそこで聞く!!」と警告したが、その言葉は当たり前のように無視された。

「少年……もう助からないけどごめんね〜」

 キリサキングはガリガリと両手の刃物で地面に線を刻み、じわじわと近づいてきた。
 「……下がってろ」ガロウはタレオを守るように前に出ると、小さくそう呟く。
 キリサキングたちはガロウが怪人なのかどうか、見極めるためにギョロギョロから派遣を命じられた。そしてガロウがタレオをいじめから助けたこと、サイタマの一撃で意識が飛んだこと、それらを目視され“人間”であることを捨てきれていないと、そう判断を下したのだ。

「こっちも中途半端な奴は要らないんだよね」

 怪人協会が人間社会を破壊し支配するのを目標としている以上、“人間らしさ”を見せるものは必要ないのだと。キリサキングはそう言う。
 「ガキは早く帰れ」ガロウがそう言うも、タレオは足が震えて立ち上がることができない。そして情けない声でおじさん、と言った。

「バカヤロウッ!」

 ガロウはタレオを駆り立てる。「こういうときこそ自分が強くなるしかねーんだ」ガロウがそうタレオに言い聞かせると、タレオはプレハブでガロウが言っていた言葉を思い出した。
 ───強くなりゃいいんだよ。自分の身は自分で守れと、そう言い聞かせられたのだ。
 「立てッ!!タレオ!!」その声の張りにタレオは反射的にスクッと立ち上がる。間もなく、キリサキングの刃がタレオ目掛けて振るわれるが、ガロウはそれをうまく受け止めキリサキングを蹴り上げた。

「走れ!!」

 キリサキングが体勢を整えている間に、ガロウは声を上げる。そしてタレオはその声に背を押されるようにして走り去って行った。
 キリサキングは双眸を愉悦に歪ませる。ヒーロー狩りと名乗っておきながらひとりも殺していないガロウに、彼らはやはり眼前の人物を“人間”であると判断を下した。
 ガロウは斬りかかるキリサキングの刃物の切っ先を流水岩砕拳で受け流す。そして蟲神の怪力な重い体術に耐え、殴りかかった。
 ガロウは実感していた。バングと比較すれば、眼前の怪人は底が知れた程度の実力。これだと勝利を収めることができると、そう思った。
 「こっち側を敵に回したね」キリサキングがぎらりと刃を光で反射させそう言った。けれども、ガロウは心にゆとりを得る。やはり、勝てる。彼はそう確信していた。

「テメェらの動きは見切った。もう当たらねーよ」

 にやりと笑いながらそう口にすると、キリサキングと蟲神が「あ」と、ガロウの後方に目をして声を漏らした。

「おじさん……おじっ……さっ……」

 その声にガロウが振り返ると、そこには逃がしたはずのタレオと、そしてなぜかナマエを触手で巻きつけている怪人がいるではないか!その怪人はガロウが金属バットと対峙しているときに彼が攻撃を仕掛けた怪人だった。
 「ヘドロクラゲ。お前ここで何してんだ?」蟲神がそう言うも、ガロウはそれとは異なることに意識が集中する。

「は……?ナマエ、……」

 ぐったりと気を失っているナマエは、身体中がヘドロまみれである。湿ったワイシャツが肌に張り付き、どこか淫靡な様子なのだ。更にはボディラインが顕著に窺えるようにギチギチと触手で絡まれており、そしてその姿は妙に艶かしかった。
 それはまるで“女”であることを存分に主張するような様相だった。ガロウは直感でなにが起きたのかを悟った。ナマエは襲われ、力尽くで陵辱されたと、そのような風に見受けられたから。
 「……オイ、テメェ……身体を賭して償う覚悟はできてんだろうなあ゛!?」ガロウはヘドロクラゲにそう怒声を浴びせかける。そして嫌でもそちらの方に気が逸れてしまった。
 ガロウがナマエの元へと近づこうと足を踏み出そうとすれば、背後からキリサキングが奇襲をかけた。背中を斬りつけ、その隙に蟲神が腹へ一撃を喰らわす。ガロウは吐血するも、間もなくキリサキングが猛攻をかけた。幾度も斬撃を浴びせられ、おびただしい血液で地面が濡れる。ガロウはその上にどちゃりと倒れ込んだ。

「一応殺すなって指示だっただろ」
「そんなこと言われたってもう死んでるよ」

 「止めるのが遅いよ蟲神ちゃん〜……」ふたりはむせ返るような血の匂いにも臆することなく話をする。その様子にタレオは震え上がった。

「ふ〜〜……。……それじゃ仲良く帰ろっかあ」

 満足げな顔でキリサキングがそう言うと、彼らは気絶しているナマエとタレオを怪人協会の根城へと連行したのである。

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