じりじりと太陽が照りつけ、日光が頭皮を焼く。容赦のない日の光は、ガロウの機嫌をイライラと低空飛行にさせる。あいにくながら太陽を遮る雲は一向に見受けられなかった。憎いほどに青い空には雲ひとつないのだ。
 大した運動ではないというのに、ただ歩くだけでも汗が額を伝う。風が吹こうにも、気温が高ければそれは熱風と化す。皮膚を撫でる温い風に、ガロウは思わず顔を顰める。
 みんみんという蝉の鳴き声が耳障りだ。蝉の寿命はおよそ一週間と言われているが、実際のところは約一ヶ月は生きるという実験結果が発表されている。ガロウは熱に浮かされ薄ぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。そうでもしなければやっていけないのだ。
 隣を歩いているのは頭ふたつぶん下に目線を持つなまえだ。薄いTシャツにミニスカート。惜しげもなく露出された白い四肢に日光が反射し、ガロウは目を細める。まるで日焼けを知らないその肌に、相変わらず白えなと、そう思った。
 目標地点はコンビニである。あまりの暑さにアイスを食べたくなったのだ。とはいえ冷凍庫にアイスは入っておらず、わざわざ暑いなか外に出てコンビニを目指している次第なのだった。

「もうちょっとでコンビニだね」

 りん、鈴が鳴るような声でなまえはそう言った。茹だるような暑さをものともしないのか、涼しげな様子で歩んでいる。そしてガロウは適当に相槌を打つ。今は冷房が効いた空間が恋しくて仕方がなかった。
 肌に浮かんだ汗の滴がたらりと垂れてきて腕で荒々しく拭えば「あっちぃ……」と思わず呟いていた。

「そりゃあ夏だもん」

 機嫌が悪そうに呟くガロウに、なまえは臆することなくそう返事をする。的確に答えを返された彼は彼女にでこぴんを一発喰らわせた。もちろん細心の注意を以ってである。彼が本気を出せばただでは済まないからだ。
 「え!どうして!」彼女は両手で額を押さえながら声を上げる。当たり前の反応だった。

「別に」
「う〜……」

 唸ってみせたなまえは、ふと何かを思いついたような面持ちになる。「あ!きっと暑いって言うから暑いって思うんだ……」彼女は唐突に阿呆なことを言い始めた。だが本人は至って真剣なのだから、ガロウは呆れたような表情になる。そして「寒いなあ」と律儀に口にした彼女を見て口を開く。

「アホか」
「アホじゃない!」

 口を膨らませてそう言うなまえを見て、ガロウはどうしようもなくいたずら心が刺激される。予想と等しい反応はガロウをいたくご機嫌にするのである。

「あ!着いたよ」

 なまえは小走りで扉の前に立つ。ガロウに向かって手招きをする彼女の表情は、先ほどとは打って変わって心底嬉しそうだった。たかがコンビニなのに平和ボケしたやつ。彼はそう思ったが、それを口にすれば彼女がぷんぷんと怒るであろうことが予測される。それも悪くなかったが、今はなんとなくそういう気分ではなかった。
 なまえを怒らせるのは楽しい。自身に翻弄される姿を見るのは心地良いからだ。ガロウが頭が平和な彼女にペースを掴まれるのもよくある話なのである。飲まれていてばかりでは面白くない。彼はいつだって優位に立っていたかった。
 センサーが反応して自動ドアが開く。すると冷たい風が彼らの頬を撫でた。「わあ、すずしい」なんてことない展開だというのに、なまえは顔を明るくして微笑む。
 ふたりはアイス売り場に直行した。キンキンに冷えたそれらはどれも美味しそうに目に映る。

「チョコミントのアイス多いねえ」
「よく歯磨き粉食えるよな」
「チョコミントは歯磨き粉じゃないよ」
「味覚狂ってんのか」
「そんなことない……と思うけど……」

 いやそこは否定しろよ。ガロウは呆れ半分にそう思った。
 「ガロウくんなに食べる?」選り取り見取りなアイスになまえは悩む様子を見せる。数あるアイスのなかで、ガロウはいつも食しているそれにしようかと考えていた。

「ゴリゴリくん」
「……え〜、そっかあ」

 ガロウの言葉になまえはあからさまにテンションがさがった。それに気づかぬ彼ではなく。「文句あんのか」そう問えば、彼女は「……パピポ」と小さく呟いた。

「私、パピポがいい」
「いいんじゃねえの」
「……でも、ふたつじゃ多いもん」

 悲しそうななまえを見て、ガロウは考える。彼は別にそこまでゴリゴリくんに固執しているわけではなかった。そしてひょいとパピポを手に取ると、レジに向かう。それになまえは慌てて後につき、「ガ、ガロウくん、それゴリゴリくんじゃないよ」と言った。

「見たら分かるわアホ」
「え、え、でも」
「俺が半分食ってやるって言ってんだよ」
「……いいの?」
「あ?いいのってなんだよ。駄目な理由があんのか」
「!……んーん、ない!」

 途端になまえは顔を綻ばせる。その表情を見たガロウはやはり平和ボケしたやつだと溜め息を吐いた。
 会計を済ませコンビニを出たら、再び炎天下の中に放り出される。涼んだ身体は再び汗ばむ。その差異に、ガロウはエアコンが効いている自宅へさっさと帰りたいと思った。
 なまえは購入したパピポを袋から取り出すと、パキッとふたつに分け、片方をガロウへと手渡す。高い気温ではあっという間に固形が形を崩し、やわらかくなった。ちゅうちゅうとパピポを吸うなまえは、ふとガロウの手持ち無沙汰な片手に目を奪われる。
 手を繋いだら、振り払われるだろうか。そんなことを考えてしまったのだ。

「……」

 なまえはガロウと手を繋ぎたかったのだ。だが、この気温では暑いと振り払われてしまうだろう。それでも、物は試しに、彼女は彼の手に触れ握ってみた。
 「……あっちぃな」案の定そう言われ、慌てて手を離す。しかし、手を離した次の瞬間には、今度は彼の方から手を繋がれ飛び上がる。
 「ガ、ガロウくん、暑いんじゃないの?」手、繋ぎたくなかったら無理しなくてもいいよ。そう続けたなまえに、ガロウは怪訝そうな面持ちになる。

「誰も繋ぎたくねえとは言ってねーだろうが」

 そしてなんてことない様子でそう言われると、なまえは嬉しそうに破顔するのだ。「……うん!」手を繋いでいると、不思議と暑さから気が逸らされる気がした。ガロウはなまえの醸成する形容しがたい雰囲気に、ある種の関心すら抱いていた。

「ね、今年も花火も夏祭りも一緒に行こうね」
「気が向いたらな」

 なまえの言葉にガロウはつっけんどんにそう言うが、彼女は知っていた。彼は必ず一緒にいてくれると。そしてなまえは、近い内にふたりで出かけられることを幸せに思っていたのだ。

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