ガロウは暇だった。それはそれは暇だった。時間が足りないのも考えものだが、逆に時間を持て余すのも今の彼にとっては死活問題だった。
 ソファに身体を沈めて足を組む。テレビでは面白みのない映画が映されている。それはいわゆるラブストーリーだった。もちろんガロウが望んで鑑賞しているわけではない。そんなことは天と地がひっくり返っても起こり得ないことだ。何はともあれ、その映画を観たいと言ったのはなまえなのだった。
 ガロウは隣に腰掛けているなまえを横目で観察する。彼女は真剣に映画に見入っていた。丸いクッションを抱きしめて、時折微笑みながら、そしてはらはらしながら。こんな映画をよく楽しめたものだとガロウは思う。それならなまえを放置して外出でもすればいいのであろうが、それは何か違うと、もしかしなくともガロウは“なまえと一緒にいたい”と考えてしまっているのだと、そう気がついてそんな自分に嫌気が差した。随分と絆されてしまっている。そう思わずにはいられない感情をガロウは抱いていた。
 映画はクライマックスを迎えている。そして男女が熱いキスシーンを演じる。なまえはそれを観て恥ずかしそうに目線を逸らしていた。それを観たガロウはいつもそれ以上のことしてんのに、と思ったのだった。あえて口にはしなかったけれど。
 ふと、ガロウに悪戯心が働いた。なまえは勝手に映画にのめり込んでいればいい。俺は俺の好きなことをする。そう考えたのだ。
 そして、ガロウは静かになまえの身体の方に体重をかける。ぐいぐいと無遠慮にもたれかかり、それはまるで彼女を横たわらせる勢いだ。そのあからさまな行動にさすがの彼女も異変に気がつき、口を開く。

「ど、どうしたの?重い……」
「うっせ。暇なんだよ」
「……構ってほしいの?」

 その言葉に無言を貫くと、なまえは「かわいい」と口にした。うるせえ、かわいくねえ。そしてガロウは頭を撫でようと伸ばされた腕を掴み、なまえをソファの上に押し倒す。そう反発すれば、彼女はくすくすと笑い声をあげるのだ。一方的に笑われては面白くない。思わず片手で両頬をもにもにと押さえていた。
 「やわらけえ」弾力を楽しんでいると、なまえは両手でガロウの手を掴み引き剥がそうとする。「むー!」だが力量の差は明確で、それは不可能に終わった。
 ガロウは満足するまでなまえの頬を堪能すると、次は二の腕に手を触れた。そこはぷにぷにとした、頬とはまた異なる類の柔らかさを誇っている。ガロウは知らず知らずのうちに口角が上がっていた。

「お前はどこもかしこもぷにぷにしてるよな」
「なにそれ!太ってるって言いたいの!」
「誰もンなこと言ってねえだろうが」

 ガロウはぷんすこと怒っているなまえの二の腕に触れる。いやほんとやわらけえな。内心でそう呟きながら。
 細い腕は力を込めれば直ぐにでも折れてしまいそうな危うさを持っていた。華奢な身体には思わず庇護欲を掻き立てられる。っつーか平和ボケしたなまえを守れるのは俺だけだよな。ガロウはひっそりと心の奥底でそう思ったのだった。
 やがて、ちょっとした出来心でなまえの腹に触れる。すると彼女はふるりと身体を震わせた。敏感な反応にガロウはにやりと笑う。
 「あ、あんまりぷにぷにしないでよ、くすぐったい……」身体を捩りながらそう言われて止める奴がどこにいると言うのか。ガロウはなまえの言葉を無視して腹をくるくると撫でる。

「なんでこんなやわらけえんだよ」
「し、しらないよ……」

 時折指を押し込めば、いい塩梅で弾力が返ってくる。すべすべの肌に加えて張りのあるそこは触れていて気持ちよかった。


「……ガロウくんはカチカチだよね」

 油断した。失念していた。ガロウはすりすりと自身の腹を撫でるなまえの手にびくりとする。「おい……」ガロウは怒りのあまりひくひくと頬を引きつらせてなまえの手を掴む。してやられたと。そう思った。彼女はその様子に息を飲む。嫌な予感がしたのだ。
 すると、ガロウはなまえの脇腹に手を忍ばせる。そのまま緩やかに撫でられると、彼女はとうとう声を漏らした。

「あっ!あ、ふふ、くすぐったい」
「……」
「ちょ、っちょっとまっ……ふふふ」

 ガロウは笑い声を堪えてぷるぷると震えるなまえを見てザマァミロと思う。隙を突かれたとは言え少なからず反応を示してしまったことに対する羞恥心もあったのかもしれない。
 図らずもびくっと身体を跳ねさせるなまえの姿はガロウの目にはいたく扇情的に映った。
 肩で息をするなまえは、じんわりと目に涙を浮かべている。頬を赤く紅潮させ、なにやらそれはガロウの気持ちを不穏にさせた。ざわざわ、途端に胸の内は落ち着かなくなる。

「やっ、やめ、ほらあ、映画観よ?」
「クソつまんねえから観たくねえ」
「え〜、おもしろいのに」

 心外だ。なまえはそんな表情を浮かべる。
 ふとテレビに視線を移せば、幸か不幸か濃厚なラブシーンが流れている。それになまえは顔を赤らめるが、今自身が置かれている状況とそのシーンが妙に合致しており、ちらりとガロウに視線をよこす。ガロウはと言えば、なぜか今に限って映画に視線をやっていた。
 「ガ、ガロウくん?」思わず名を呼べば、ガロウは何か企んでいるかのような表情をして振り向く。そしてやおらなまえに顔を近づけ、意地悪く笑ってみせた。「ガ、ガロ───」そして両手で押し上げてくる彼女の腕を片手で拘束し、「黙ってろ」とだけ言うと、なまえの唇に噛み付いた。
 唇を食み、時折やんわりと歯を立て噛む。かと思いきや、舌で舐められ、表皮がぴりぴりと刺激を得る。だが荒々しく唇を重ねてきたかと思いきや、いざキスするとなると途端に優しくなるものだから、なまえは驚いた。
 ガロウは唇を貪りながら手で脇腹をさすさすとなぞっている。なまえはくすぐったさから逃れようと身体を捩るが、逃げることは叶わない。

「んっ、んー!ふあっ」
「なまえ、舌出せ」
「ん、っあ、んんっ」

 そう言っても大人しく従わないなまえに痺れを切らしたガロウは、彼女が笑い声をこぼす瞬間に開かれた唇に舌を差し込み、逃げ惑うそれを捕らえた。厚い舌がなまえの小さな舌に絡みつき、時折ちゅ、と吸う。次第に蕩けていく彼女の表情に、ぞくぞくとした電流が腰から這い上がってくる。
 「んっ、んう、んやっ」苦しそうに喘ぎ顔を背けようとするなまえを見て、ガロウは肺活量が無えなと思う。
 筋肉なんてものとは縁遠い柔らかな身体も、ほどよい弾力を持ち合わせている唇も、温かな体温も、ガロウにとっては彼女の全てが中毒性を孕んでいた。彼は例え彼女に突き放されても、嫌われても、決して離れてやるものかと、そう決心している。あいにくガロウは───ことさらなまえのことに関しては───貪欲だった。己の欲望を満たすためには手段など問わないのだ。そしてなまえを側に置いておけるのは、側にいられるのは、俺だけだと。昔からそう自負しているから。
 存分に咥内を堪能すると、ガロウはそこでようやく唇を離した。なまえはぐったりと脱力している。酸欠で頭がぼうっとしているのが表情からも窺える。彼はそれに満足げに鼻を鳴らすと、次は服の中に手を忍ばせる。それに気づいたなまえは、両腕を伸ばしてガロウに抱きついた。首筋に顔を埋め、すんと鼻をすすり口を開く。

「ガロウくんだいすき」
「知ってる」

 いつの間にか映画は終わっていた。

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