まるで闇から引き上げられるかのようにわたしは意識を取り戻した。目を開くと錆びた壁が見えて、それは廃屋を連想させる。あれ、そういえばここはどこだったっけ。未だふわふわとする頭で思考を巡らすと、ずきりと痛みがはしって思い出す。

「そうだ…」

あの、見知らぬ男が。わたしを誘拐して連れてきたのだ。改めてそのことを口にすると、やけに現実味がわいてわたしは飛び起きた。とにかく逃げなきゃ、その一心で。しかしその次の瞬間には落下していた。

「うわっ!」

腰を強打して思わず涙目になる。どうやらわたしはベッド(というにはあまりに不衛生なものだけれど)に横になっていたらしい。痛む患部をさすりながら、そういえば手足の拘束がなくなっているなあと気づいた。一体誰が助けてくれたの?こんな廃れた建物に訪れる人がいるなんて考えられない。

「(でも、もしかしたら…)」

わたしが先程までいた場所から移動しているし、本当に人がいるのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。僅かな希望にさえも縋りつきたかったのだ。できればその恩人と合流したいところだけれど、早く脱出したい気もする。とりあえずこの部屋周辺を探索してみるのもいいかもしれない。そう思って扉を探そうと周囲を見渡す、と、扉はあった。確かにあったのだけれど、その横になにやら大きな───人?いや、身体こそは人間そのもの、でも頭には三角の被り物をしている男が立っている。

「ひぃっ」

無意識の内に情けない悲鳴が口からこぼれて、思いきり後退する。どんっと壁にぶつかって、その三角の頭をした男を見つめる。漂うオーラが人間ではないと感じさせた。よく見ると、手にはこれまた巨大な鉈が、握られているし!顔が窺えない以上、相手がどこに視線をやっているのかわかるはずがないけれど、わたしは確信している。あの男は、自分を見ていると。
ただ不思議なのが、相手はピクリとも動かないことだ。ふと、あるいは本当に、人間ではないのかもしれないという考えが頭をよぎる。作り物だという意味で。そう遠くない将来ロボットが社会に進出する、といわれる程度には、人間に近いそれを作ることができる技術が発達したと、テレビで見た気がする。なんだ、なら大丈夫じゃないか。そうあれはロボットなのだ。なにも怖がる必要はない。そうと決まれば、まずこの部屋から出よう。わたしは立ちあがって扉の方へと足を運ぶ。三角頭の目の前にきて、リアルだなあと考えるくらいには安心しきっていた。そしてドアノブへ手を伸ばして掴んだところで、それと反対の腕を、なにかに掴まれた。

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