暇だったせいか、いつのまにか舟をこいでいた。がっくんがっくん揺れる頭で時折意識が覚醒し、ハッとする。襲いかかる眠気のせいで視界がボンヤリして、目をこすった。ウィーラーさん、そろそろ来るかなあ。あくびをかみ殺して彼が歩いて行った方向を確認してみると、タイミングよく「ナマエちゃん!」という声が暗闇の中から聞こえた。目を凝らして見てみると、片手にかわいらしいピンク色の袋を持ったウィーラーさんが小走りでこちらに向かってきていた。わたしはしゃがんでいた腰をあげ、彼の元へと走る。

「ウィーラーさん……!あ、あの、本当にありがとうございます」
「いえいえ。この袋の中に入っているわ。……念のために言っておくけど、この下着は私のじゃないわよ?ちゃんと知り合いの女の人に事情を説明して、新しいものを譲ってもらったのよ?」
「は、はい」
「ところで、処刑人は……まだ来てない?」

ウィーラーさんが辺りをまんべんなく見渡す。ここで待機している間、三角さんはやってこなかったし、近くにいる雰囲気もなかったから、たぶん大丈夫だと思う。

「三角さんなら、来てませんよ」
「そう……間に合ってよかったわ。でも、もう退散させてもらうわね。また遊びに来るわ。今度はゆっくりお話ししましょう?」
「はい、ぜひ!」
「じゃあね、ナマエちゃん。元気でね、何て言うのも違うかも知れないけど……」
「ウィーラーさん、さようなら」

お互いに手を振って別れる。先ほど現れた道と同じ方向へ消えていくウィーラーさんの背中を見送って、わたしはピンク色の袋を抱きしめた。これでやっと、やっとパンツをはける!幸いにも辺りに人影はないし、薄暗いからここではいてしまっても構わないだろう。わたしの体は下着を求めていた。
カサリ、袋の中身を確認してみると、白色や水色といったかわいらしい下着が数枚入っている。フリルがついていたり、ストライプの模様だったり、とてもかわいいデザイン。わたしは口元が緩むのを感じながら、一番上にあった白い下着をはく。久しぶりの下着の安心感といったら!パンツとは誠に偉大なものだなあ。
そうだ、ジョシュくんに報告した方がいいかな。下着をもらったよ、なんて伝えるのもおかしな話ではあるけれど、わたしはこの喜びを誰かと共有したかったのだ。そうと決まれば、いつもジョシュくんが時間をつぶしている部屋へ行こう。

無意識のうちに鼻歌を歌いながら歩き出す。ゆるやかな音楽が不気味な空間に流れ、わたしの足音と共鳴する。なんだかとても楽しい気分だった。軽快なメロディーと、金属が引きずられる音が絶妙にマッチして、……あれ、金属の音?後ろ歩振り返ると三角さんいた。今まで高揚した気分で気がつかなかった。

「三角さん」

満面の笑みを浮かべるわたしの頭を、三角さんはゆるりとなでてくれた。そのときに腕の中に抱えていた袋に気がついて、頭を斜めにしている。「……あ、これね。下着が入ってるの」わたしがそう言った次の瞬間、ガアン!と大きな鉈が三角さんの手から落ち、地面にたたきつけられて大きな音を立てた。予測しなかった事態に肩が跳ねて、変な声が口からこぼれる。地面に倒れた鉈と三角さんを代わりばんこに見てみると、彼はおもむろに腕を上げ、なんと信じられない力でわたしの腕から袋を奪い去ってしまった。わけがわからなくて茫然としていたら、さらに信じられないことに彼はその袋を左右から引っ張って破り、それだけでは飽き足らず、中から出てきた下着を全て引きちぎってしまったのだ!大きな手に握られる、かわいらしい下着の断片のギャップは、こんな状況じゃなかったら面白いと思うのだろうけれど、わたしはただただ目の前の光景を、あんぐりと口を開け見つめていた。意味がわからなかった。
手についた糸くずを地面に払い落とした三角さんが、わたしを見る。その視線が顔から下に降りていき、やがてスカートのところで止まる。わたしの体から冷や汗が噴き出した。とっても嫌な予感がする。ガクガク震える足は言うことを聞いてくれそうにないけれど、そんなことを言っている場合ではないだろう。わたしはぎこちない動きで三角さんに背を向け走った、つもりだった。一歩を踏み出す前にスカートの裾を掴まれ、ウエストの部分がお腹に食いこむ。そしてそのまま容赦なくスカートをまくりあげられ、わたしは死にたくなった。……あ、でも、そうだ。今はウィーラーさんからいただいたパンツをはいているから、まだ大丈夫な範疇のはず。そう油断したのがいけなかったのだ。ガシィッと力強い効果音がつくほどの勢いでそのパンツを掴まれ、グイグイと引っ張られ、パンツが、パンツが、ずれてきた!

「ひ、え、えええ!さっ三角さあん!」

必死にわたしもパンツをおさえて抵抗を試みてみるけれど、当然力の差で負けてしまう。肩を押されていつの間にか地面に伏してしまっているし、そんなわたしに覆いかぶさるようにして三角さんがいるし、逃げられない。……どうしてこんなことに。わたしは絶望しながら泣いた。下着をはくことができた喜びは、ものの数分で消え去ってしまったのであった。

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