ガスマスクさんは、わたしをただ絶望させる存在でしかなかった。せっかく人に会えたと思ったのに、助かると思ったのに、ぬか喜びだったようだ。期待していたぶん、突き落とされた後のショックは大きい。わたしはいつの間にか床の上に座りこんでいた。

「…どうしたら、いいのかなあ」

そうつぶやいても、返事をしてくれる人なんていない。それがまたさみしくて、わたしは膝をかかえて顔をうずめた。そしてその状態のまま考える。ガスマスクさんの放った言葉をかみ砕いて、自分なりに解釈してみようと思ったのだ。

「あの虫は、幻覚だった…?」

なんて、そんなことあるはずがない。確かにこの目で見て、耳で羽音を聞いたのだから。あれは絶対に、本当に起こったことだ。
なら、どうしてパッタリと姿を消してしまったの?もしかして、わたしが逃げきることができた、とか。……いいや違う。だってそれだと、ガスマスクさんにぶつかる直前まで虫の羽音が聞こえていたことと、辻褄があわない。

「ああもう……」

わたしの口からはため息がこぼれるばかり。考えても正答に近づけている気がしない。わたしの頭がおかしくなってしまったのか、あるいはこの建物のせいなのか。

「…いや、絶対に、このへんな場所のせい……」
「なにが?」

ひとりごとのはずが返事が返ってきて、わたしは大げさなほどにビクゥっと頭をあげる。すると目の前には、黒髪の男の子が立っていた。まだ幼さを残す顔だち。わたしは言葉が出ず、口をポカンと開けたまま彼を見つめていた。どうしてこんなところに、子供が?

「あはは、マヌケな顔」
「なっ……え?きみ、どうしてこんなところに?」

声をかけられて我に返る。率直な疑問を男の子にぶつけると、彼はいたずらっぽい笑顔で「ここに住んでいるからね」と言った。

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