扉の奥に続く廊下は明るい。うん、これならきっと進める。さて、右と左。さっそく別れ道があるわけだけれど、どちらに行くべきかな。ようし、こういうのは直感で決めようと思い、左に行くことにする。
かつん。かつん。静かな廊下にわたしの足音だけが響く。人の気配がまったく感じられないことに不安でいっぱいだ。誰かいないのかな、なんて考えていたら突然ジジッと音を立てて電気が一瞬消えた。それだけのことにも肩が大きくはねて泣きたくなる。

電気が完全に消えてしまう前に、ここを離れよう。

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どれくらい歩いただろうか。時計を持っていないわたしには時間がわからない。感覚でいえば、三十分は経っていないと思うけれど。曲がり角付近では何度も何度も周りを確認して、化け物がいないことを確かめてから進んできた。途中で何度か見かけることはあったものの、息をひそめてそうっとしていたら、気づかれずにすんだ。本当にここは、寿命が縮むところだ。今のところ、道中で人間には会っていない。……さみしい、なあ。
ずうん。それが今のわたしにぴったりな効果音だろう。自然とうなだれる頭のせいで、視界には自分の足と灰色の地面しかない。先行く不安にいつの間にか歩みは止まっていた。進まなきゃなにもかわりはしないのに、身体がいうことを聞かないあたり、相当ガタがきている。

「……?」

わたしはハッと、頭をあげた。何か聞こえた気がする。あまり大きくはない音だけれど、静かすぎる廊下にはよく響くからわかった。わたしは耳をすませて音の正体を探ろうと試みる。
───カサカサ。

「カサカサ……?」

聞き覚えのある音にサアっと血の気が引いた。ゴで始まりリで終わる、あの生命力が高い黒光りする虫の音に似ていると思った。この建物は古い感じがするし、考えてみればヤツらにとっては絶好のすみかかもしれない。
───カサカサ。
さ、さっきより近くで聞こえた。こわいこわいきもちわるい!ここから立ち去ろうと足を動かそうと思ったら、真後ろで音が、した。

「……っ!?」

思わず反射的に後ろを振り返る。振り返りながら、ああこのまま逃げるべきだったと後悔するけれど、もう遅い。振り返った先にはわたしが想像していたものより何倍も大きなヤツらが、うじゃうじゃとこちらに向かってきていた。ヒッと上擦った声が口からもれる。それを合図にしたかのようにヤツらは耳障りな音をたてて飛び、なんとわたしに向かって突撃してきたのだ。
はじかれたようにわたしは走り出す。振り返ってはいけないと、前だけを見つめて必死に足を動かす。人生で一番早く走れている気がする。火事場の馬鹿力とはまさにこのことだ。

息があがってきたころ、下りの階段が見えた。無心で階段を駆けおり、その先にあった曲がり角を曲がる。どこに向かっているのかわからないし、この先は行き止まりかもしれない、なんて考えもしなかった。とにかくあの虫から逃れることだけを考えていた。
だから曲がって誰かに衝突する、なんてことも、頭にはなかったのだ。

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