逃げている間に暗闇に目が慣れて、随分と周囲が見えるようになった。それでも暗いことにかわりはないけれど、さっきよりは多少はましだと思う。わたしは三角頭に追いつかれないよう足は止めないまま、建物内を探索していくことにした。
とりあえず視界に入った個室に足を踏み入れてみると、中はものが散乱していて汚かった。机の上も例外ではなく、たくさんの書類が積み重ねられている。わたしはそれらから、ここの情報を得られるようなものがないか調べてみようとしたけれど、文字を読むには暗すぎる。

「……どうしよう」

悩んでいる時間はない。こうしている間にも、あの三角頭は近づいてきているはずなのだから。書類を読むことができない以上、ここにいても意味がない。別の部屋を探ってみようかな、そう思って扉の方へ歩みを進めると、思いのほか近くからあの鉈を引きずる音が聞こえた。

「え、う、うそ……」

音の大きさから推測しても、おそらく数メートルくらいしか距離はないと思う。今から出ても、捕まってしまうだろう。隠れるしかない。わたしは足音をたてないように素早く机の影に身をひそめる。一応扉を開けられても死角となっている場所ではあるけれど、それでも奥までこられたら無理だ。

どきどきと心臓がうるさい。血液が勢いよく身体を巡っているのがわかる。緊張のあまり頭はぼうっとして小刻みに手が震えるし、まるで走った後のように息がきれる。荒れる呼吸が部屋の外に聞こえないように、わたしは手で口を押さえた。
ギイイ……ギイイ……近づいてきている!どうか見つかりませんように、祈りをこめてぎゅうっと目をつぶる。ギイイ……ピタリ。部屋の前で音が止まった。ああ、もしかして、ばれているの……心拍数があがりすぎて気持ちが悪い。殺されるのなら、一瞬で終わらせてほしいなあ、と半ば諦めかけたとき、また音が進みだす。ギイイ、今度は離れていくのがわかった。どうやら、この部屋に隠れていることはばれていなかったようだ。

「たす、かったああ……」

はああ、長いため息をはいて脱力する。手のひらは汗で湿っていた。やはり長居できる場所ではない。最悪男と再会することができなくても、ここから出てしまえば誰かしら人がいるはず。目標はこの不穏な建物からの脱出に変更しよう。
完全に音が聞こえなくなり、わたしは立ちあがった。そしてスカートをかるく払い、いざ部屋から出ようと一歩踏み出そうとしたら、靴になにかがぶつかった。なんだろうと思い拾ってみるとそれは懐中電灯で、少し心強い持ち物を手に入れることができたのだ。

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