05.とおせんぼう


展望台から大きな爆発音が聞こえて、わたしは弾かれたように走り出した。チャンピオンとの話で放心していた心は、一瞬で元通りになって我に返る。じわじわと滲み出た涙は、嫌な予感で乾いてしまった。
……あの場所にはアポロさまがいる。それから、あの少年もだ。胸がぎゅうぎゅうに締めつけられて苦しかった。うそだ。そうでしょう。アポロさまは負けないはずなんだ。サカキさまを見つけるまで、ロケット団の完全復活まで、あともう少しのはずなんだ。

「……っアポロさま!!」

辿り着いた部屋の先に彼はいた。何も映さない瞳でただ茫然と、宙を見つめている。いつもの飄飄とした様子とは打って変わり、その差異にまた心臓がドクンと跳ねた。「アポロさま、アポロさま」全力疾走で階段を登ってきたせいで息が整わないけど、それを無視して彼の細い肩を揺する。諦めてほしくなかった。まだ終わっていないって言ってほしかった。だけどそんな淡い期待は、次の一言で粉々に、拾い集めることができないまでに砕け散ってしまう。

「……ナマエ、ですか」
「そう、そうです、しっかりしてください、まだ」
「───終わり、です。何もかもが。全てが。終わってしまった」

ぷつんと糸が千切れてしまったかのように、全身が脱力して、床にへたり込む。頭は真っ白だった。……負けた?冗談やめてください、サカキさまをみつけるんでしょう。その日までみんなで頑張ろうって言っていたのに。やめてよ、わたしの居場所が、なくなってしまう。

「私達にとっての幸せは、世界から許容されなかった。それだけのことです」
「い、いや、です、いやです」
「……お前にも、色々と無理をさせてしまいましたね。これからは自由の身です。好きに生きなさい」
「…っわたし、は、わかりません。アポロさま。わからないんです…アポロさまも、おっしゃっていたじゃないですか、ロケット団がすべてだと。わたしも同じです、だから」
「ロケット団は、ここで解散です」

解散……解散?それなら、わたしはどうなるの?居場所がなくなってしまう。生きる理由が、意味が、なくなってしまう。

「お別れの時間です。ナマエ…お前もここから去った方がいい」

アポロさまはそう言うと、わたしの頭を優しく撫でてから部屋を出ていった。

アポロさまが自由に生きろと言った。したっぱくんもそんな言葉を口にしていた。でも自由に生きるってどういうこと?わたしの好きなことってなに??そんなの、考えたこともなかった。……ああ、そういえば、わたしはポケモンは大好きだった気がする。
したっぱによく言われた。ポケモンを使って悪事を働いているのに、そのポケモンを愛してどうするのだと。わたしはポケモンを好きでいながら、彼らを虐げていた。罪悪感を抱きながら、任務を遂行してきた。せめてもの罪滅ぼしに、自分の手持ちのポケモンは存分にかわいがって、愛情をもって育てた。それで許された気になっていたのかな。
途端にがらんどうになった胸が痛くて、腰のモンスターボールに手を伸ばすと、何にも触れなかった。……そう、そうだ、少年に捕まったとき、取りあげられてしまったんだ。唯一の好きなものすら持つことが許されないだなんて。今までの報いなのかもしれない。つけが回ったのかもしれない。自業自得と言われてしまえば反論できなかった。

でも、だって、それならどうしたらよかったの。わからない。

展望台の大きな窓ガラスは割れていて、日光が入ってくる。アポロさまと少年のバトルでできたものだろう。そこから見えた空は真っ青で、気味が悪いくらいの好天気にひどく吐き気が、した。こぼれてくる日の光が、途方に暮れた私をあざ笑うかのように照らしている。

これからのことを考えても、なにも思い浮かばない。なにも。真っ黒に塗りつぶされた未来しかなかった。わたしにはロケット団しかないのに。それが、今はもうない。道がない。

……わたしって、何のために生きているんだっけ。

───貴女はロケット団の為に生き、そして死んでいくの。

あ。そうだ。そうだった。それなら死ねばいいんだ!

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